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ザ・ファブル 殺さない殺し屋 (2021)

監督
江口カン
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  • みたログ 2,330

4.21 / 評価:1849件

元いた場所に戻るために現在地を知れ

  • dr.hawk さん
  • 2021年6月23日 21時44分
  • 閲覧数 1103
  • 役立ち度 17
    • 総合評価
    • ★★★★★

2021.6.23 イオンシネマ久御山


2021年の日本映画(131分、G)
原作は南勝久著作の同名漫画(2015年〜、講談社、ヤングマガジン)
休業中の殺し屋がかつての自分の仕事に巻き込まれた女性再会するアクション映画
監督は江山カン
脚本は山浦雅大&江口カン


物語はボス(佐藤浩市)の指令により、売春斡旋組織の構成員を始末するファブルこと佐藤明(岡田准一)が描かれて始まる

繁華街で男を射殺したファブル

次々と街中で構成員を始末し、立体駐車場にて少女・佐羽ヒナコ(平手友梨奈)が乗っている車を襲撃する

構成員を仕留めたファブルだったが、そのはずみで車が暴走

間一髪落下する車からヒナコを救った彼だったが、彼女はその事故により下肢に麻痺が残ってしまっていた


それから4年後、ファブルはボスから「休業」を言い渡され、佐藤明と言う名前で街に溶け込む

明の監視役として、殺し屋時代の相棒・洋子(木村文乃)を妹として置き、明はオクトパスと言うデザイン会社に雇われることになった


物語はタコ社長(佐藤二朗)からチラシの配達を頼まれた明が、公園の鉄棒でリハビリをしているヒナコと再会するところから動き出す

ヒナコには明のことはわからなかったが、明には「あの時の少女」であることがわかっていた

彼女は事件後にNPO「こどものつどい」の代表である宇津帆(堤真一)に雇われて事前団体でボランティア活動をしている

だが宇津帆には裏の顔があって、興信所を装って「問題児」を炙り出し、親を脅迫してその始末を請け負っていたのである

ヒナコは薄々気づいていたが、彼女が裏家業の手伝いをすることはなかった


映画は前作『ザ・ファブル』の続編にあたるのだが、どこにも『ファブル2』と言う表記はない

しかも、「殺さない殺し屋」という前作でも強調された設定を被せているあたり、「前作はなかったことにしたいのかな」と言う意味が強いように思えた

と言うのも、本作を鑑賞するとわかるのだが、明らかに前作とは雰囲気から内容まで全く違っていて、「あの駄作認定の『ザ・ファブル』の続編とは思えない」という出来になっている

ファブルの凄さであるとか、冒頭の引き込まれるようなアクションや団地決戦なども見どころ満載で、物語の核となっている「自分のミッションに巻き込まれた女性の生き様に感化されるファブル」と言うヒューマンドラマの側面もきっちりと描かれていたのは印象的だった


キャスティングもハマり役で、ギャグパートも単なる箸休めになっていないところもうまく作り込まれていた

ジャッカルのドラマに対する明の反応で心理状態を表現したり、ラストシーンで車で去るシーンでの表情なども細やかな演出が為されていた

細部にこだわりがあって、大枠のドラマもエッセンスが効いていて、ファブルという人物が「過去と未来をどう捉えているのか」という内面を「説明しなかった」というのも好印象である

下手な邦画だと、過剰な説明が入るところをほぼ表情と行動だけで表していたのは「進化」の現れだと言えるだろう


いずれにせよ、「寓話」という意味を持つファブルの物語は、「過去というものにどう向き合うか」を描き、その過程で起こる復讐心や再生に関する手順のようなものが示されていたように感じた

ヒナコが高い鉄棒に拘ったのは「かつてそれができた自分」というものを投影していたからだろう

階段から落ちても、落ちた場所に戻るには一段ずつ上がる必要があり、そのためには「今自分がいるのはここだ」と過去と現在との差を認識するところからしか始まらない

ファブルの過去については知らない(原作未読)が、彼がどこかから這い上がった経験とその時に培われた哲学というものがあると思う

そう言った意味において、努力というのは「出発地点と到達地点の明瞭化」が必要であり、それを理解したヒナコは「あなた(明)の想像と現実が重なった時、また会えるような気がする」と手紙を綴るのだが、その言葉は一種の告白のようにも思えた

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 勇敢
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