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浜の朝日の嘘つきどもと
2021年9月10日公開

浜の朝日の嘘つきどもと

1142021年9月10日公開

アニカ・ナットクラッカー

5.0

「名画座」という言葉が死語になるのは嫌だ

今回取り上げるのは昨年9月に公開された『浜の朝日の嘘つきどもと』。タナダユキ監督の作品レビューを書き込むのは「百万円と苦虫女」「ふがいない僕は空を見た」に続いて3作目だ。冒頭に福島中央テレビ50周年記念作品とテロップが出る。南相馬市に実在する映画館「朝日座」が主な舞台で、映画好きとして共感できる要素が多く、私的評価は文句なしの★5つだ。 福島県浜通りを舞台にした映画を観るのは「フラガール」「Fukushima50」に続いて3作目だ。冒頭で、立派な競走馬を街中で乗り回す場面が出てくる。この馬は出走するはずの「相馬野馬追」というお祭りが中止され、身体をなまらせないために走らせているのだ。日中なのに人影がほとんどない街中は、東日本大震災とコロナ禍のダブルパンチを連想させて心が痛む。 本作はもともとテレビドラマで、映画はドラマの前日譚を描いているがドラマを知らなくても問題はない。ただし映画では、ドラマの主演である竹原ピストルがラストのみ顔を出すので「竹原さんがなんでチョイ役を?」と戸惑った人もいるかも知れない。ポスターでは高畑充希、柳家喬太郎、大久保佳代子の3人が1枚の写真に写っているが、実際には3人が揃う場面はない。 ただし高畑と柳家、高畑と大久保、そして柳家と大久保が顔を合わせる場面はある。もう一人の主要キャラがベトナム人の技能実習生チャン・グオック・バオで、てっきり本物のベトナム人か東南アジアの人が演じていると思ったら、佐野弘樹という山梨県出身の日本人なので驚いた。佐野氏の出た映画では「町田くんの世界」を観たが、どんな役だったのか全く記憶にない。 題名だけではどんな映画か想像するのが難しいが、高畑が演じる主人公・浜野あさひの名前が織り込まれており、「浜」は福島県浜通り、「朝日」は映画館の朝日座を意味しているので奥の深い題名と言える。「嘘つきども」とはあさひが偽名を名乗ることに加え、田中茉莉子(大久保)とバオの偽装結婚や、いっとき嘘の世界に浸って現実を忘れる映画をも表しているのだろう。 コメディ仕立ての映画だが厳しい現実が描かれている。シネコンの普及に東日本大震災、コロナ禍そして配信映画の普及と、朝日座をめぐる状況がどんどん厳しさを増し、館主の森田保造(柳家)が一度は廃業を決意するに至る描写は辛い。全国の映画館が同様の悩みを抱えているだろう。僕自身、神田神保町の岩波ホールが廃業すると聞き未だに気持ちの整理が付かないでいる。 茉莉子が語る「残像現象」の話が興味深い。映写機にはフィルムのコマとコマの間の枠を銀幕に映さないように遮断する機能があり、観客は映画の半分は何も映っていない空白を観ていることになる。人間の目が写真の連なりを「映像」として錯覚するわけだが、本作を観るまで意識したことがなかった。この「残像現象」が題名の「嘘つきども」と深く関わっている気がする。 あさひは森田を強引に説得し、「茂木莉子」の偽名で朝日座の窓口で働き始める。入口でチケットの半券をちぎる「もぎり」という仕事があったのを知る人は、今では少ないだろう。前売り券にしても今ではデータコードを読み取る形式の「ムビチケ」に替わってしまった。僕の若い頃は前売り券の半券を大事にコレクションしたものだが、今ではそんな趣味もなくなっている。 劇中で語られるリリアン・ギッシュと言えば、大抵の人は「八月の鯨」を思い出すだろう(前述の岩波ホールで上映された)。「東への道」は1920年の無声映画で、さすがに僕は観たことがない。他には1960年の「許されざる者」(オードリー・ヘップバーン主演)をテレビ東京の木曜洋画劇場で観ただけである。若い頃の写真を見ると、ありえない位の美人だったようだ。 当初の計画では朝日座の跡地にはトレーニング施設を兼ねたスーパー銭湯を建てて、集客と雇用創出を図ろうとした。パチンコ屋などを建てるよりもはるかに有意義な活用方法だと思うが、やはり百年も続いた映画館を壊すのは惜しい。この地方は過疎化が進み遊休地も沢山あるだろうから、朝日座を残した上で近所にスーパー銭湯を建てるわけにはいかないだろうか? 僕が覚えている印象的な二本立てと言えば、千葉県柏市に住んでいた時に「柏シネマ」という映画館で「テンタクルズ」と「世界が燃えつきる日」というB級映画の二本立てをやっていたのを覚えている。もう一つ、今も残る飯田橋ギンレイホールでは「ブレードランナー」と「トロン」の二本立てを観た。発展途上にあった80年代の特撮技術を味わえたのは貴重な経験であった。 僕が通っている映画館で古い歴史と言えば、1968年に開業したテアトル新宿がおなじみで、現在ではシネコンにかからない日本映画の新作を上映するので重宝している。昔は一般映画とポルノ映画を交互に上映していて、一般映画を観に行くとポルノの予告編がかかり、女性客は気まずい思いをしただろう。本作を観ながら、そんな記憶を取り留めなく思い出してしまった。

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