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アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン
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アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン

AMAZING GRACE

912021年5月28日公開

Dr.Hawk

3.0

ネタバレ向こう側に行ける人にとっては神映画

2021.7.1 字幕 京都シネマ 2018年のアメリカ映画(90分、G) 2018年に亡くなったソウルシンガー、アレサ・フランクリンが1972年に教会で行ったチャリティコンサートを収録した音楽映画 監督&編集はシドニー・ポラック 映画は1972年にロサンゼルス州にあるニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会にて行われたチャリティコンサートの様子を収録していく 来場者には「映画のために撮影する」と言う掲示があり、司会を務めたジェームズ・クリープランド牧師は「参加してください」と呼びかける それに呼応するように、応援上映さながらの「観客の声」が収録されると言う内容になっていた そこで歌われる楽曲は宗教的な内容の歌ばかりで、クリープランドが言うように「これはミサである」というテイストで執り行われていく 熱狂的なコンサートというよりは、誰もがアレサの歌声に感嘆するという内容で、歌の途中で泣き出したり、演奏できなくなるという場面も見られた この映画は音楽映画であるものの、実質宗教映画であり、その宗教に対するスタンスによって映画の見方が変わると言える 圧倒的な熱量を持つスクリーンの向こう側にどれだけ心を委ねられるかというのが共鳴のヒントになっていて、おおよそ日本では映画の熱量を受け取れる人は少ないように思える キリスト教徒かつ英語がわかる人がスクリーンの向こうに行けるという内容で、私のような無神論者だと完全に「客観視」してしまう 神様を信じる人を否定はしないが、没入するほどの感覚や感情はないので、視聴スタンスは「なぜ、アレサの歌は人々を奮い立たせるのか?」という謎解きのような感覚になっていた その答えは明白で、アレサは「代弁者であり当事者である」からだと言える ゴスペルを通じて神に祈りを捧げる行為として、アレサほどの歌唱力で神に訴求できる人はほとんどいない なので、代弁される側は「自分の代わりに歌ってくれている」という感覚になり、アレサの背中を押すようにコーラスなどの「自分のできるミサ」で関わることになる 彼女の歌声が自分と同化して、そして祈りを重ねることで、熱量はスパークするというわけである それと同時に、アレサ自身も信者として「自分の祈り」を届ける この二つの祈りが同時に起こるという奇跡的な熱量によって、自分を重ねながらアレサの苦悩を共有するという稀有な体験の中に共存できるのである そして、アレサの苦悩を知る近しい人ほど、彼女が祈る理由が理解できるので、ともに歩んできたクリープランド牧師は演奏できなくなるほど、自分とアレサを重ねてしまえると言えるだろう ゴスペルとは、簡略化された祈りの言語化にも似ていて、そこにはパーソナルなものよりも大衆化された祈りが内包されている 子どもでも感じるような祈りや悩みの表現として、1000年以上続く根源的かつ普遍的なものがそこにあるのではないだろうか いずれにせよ、英語圏かつキリスト教を信奉する人々の奇跡の体験だと思うので、日本人でその凄さを共有できる人は少ないと思う 楽曲の意訳も今回新たに訳された現代的な解釈ではないので、若干微妙な訳になっているところもあるし、訳されないコーラスや掛け声、何気ない会話などを拾うことでより感銘が増すと感じた 入り込めない人は映画を映画として客観視することになるのだが、お世辞にも映画的にすごいという編集や構成ではないので、撮影技術も含めて評価が低くなるのも理解できる アレサ・フランクリンという人物とゴスペルというものに興味がある人ならばビギナー向けとしての価値は大いにあると感じた

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