2021年9月23日公開

MINAMATA―ミナマタ―

MINAMATA

1152021年9月23日公開
MINAMATA―ミナマタ―
4.2

/ 940

48%
36%
12%
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2%
作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(223件)


  • tos********

    3.0

    剣よりもペンよりも

    1971年、かつて名カエラマンとして有名だったユージン・スミスは、すっかり酒におぼれていた。そんな時、日系の日本人通訳のアイリーンから水俣の公害の現状を撮影してほしいと頼まれる。水俣にやってきて病気を目の当たりにした彼は精力的に活動するが、厳しい妨害にあい。  写真が訴える力を知るユージン・スミス。彼が水俣病を世界に知らせた功績がとてもよくわかりました。水俣市が後援しなかったのが少し意外でしたが、地元でなければわからない複雑な思いなんですね。

  • アニカ・ナットクラッカー

    5.0

    悪役を引き受けた國村凖に拍手

    今回取り上げるのは昨年9月に公開されたアメリカ映画『MINAMATA-ミナマタ-』。昨年のキネマ旬報ベストテンでは外国映画の9位に選ばれており、日本での興行収入は2億5千万円だった。本作の主題である水俣病については知っていたが、写真家のユージン・スミス(ジョニー・デップ)と、彼が撮影した入浴する母子の写真は、本作の鑑賞をきっかけに知った。 水俣病は日本の高度経済成長期における黒歴史であり、小学校の授業でイタイイタイ病、新潟水俣病、四日市ぜんそくと並ぶ四大公害病の一つとして教わった。水俣病に罹った子供の悲惨な写真や、子供を抱いて泣きながら抗議する母親の映像を見た記憶がある。70年代前半に僕がニュース映像で見た、自力で動くこともできない子供たちは今どうしているだろうか? 本作は起承転結のハッキリした観やすい映画で、社会派映画であると同時に優れた娯楽作品でもあり、私的評価は文句なしの★5つだ。しかし水俣病患者やその家族にとっては、長い苦しみの期間が数十年も続くわけで、映画のような明快な起承転結はない事を分かった上で鑑賞すべきである。また2021年になって水俣病の映画が公開される意義についても考えたい。 昭和時代に社会を騒がせた事件の多くは映画化されたが、水俣病とロッキード事件は劇映画にならなかった。水俣病を取り上げた記録映画はあるが、社会的な話題になったとは言い難い。本作も、本来なら日本映画が描かねばならない題材である。アンドリュー・レヴィタス監督ができて日本ができなかった、その差は何なのか。全ての映画人が深く考えるべき課題だと思う。 低い声で子守歌を唄う女性。日本人である僕はそれが「五木の子守唄」である事が分かる。女性が沐浴させている子供の顔が一瞬だけ映り、その子に只ならぬ事態が起こっている事が察せられる。しかし母子を包むのは穏やかな日常の空気である。このファーストシーンで僕たちは公害病の恐ろしさと、人間の生命力が持つ美しさに、ガッチリ心を持って行かれるのだ。 ユージンは沖縄戦を取材した経験があり、戦争の心的外傷に今も苦しめられている。これで思い出したのはデップがアル・パチーノと共演した「フェイク」だ。日本レストランに入ろうとして、靴を脱ぐと盗聴の仕掛けがバレてしまうため、「父親が沖縄で戦死した。ジャップの店なんかに入らない!」と叫んで店長を叩きのめしてしまう痛ましい場面を思い出した。 日本人の出演者でデップと対抗するのが大企業チッソの社長を演じる國村凖で、悪役を一人で担っている。彼は超大作「ミッドウェイ」でも敵役を演じており、世界的に活躍する日本人俳優の中でもユニークな存在だ。本作の國村は単に憎々しい悪役ではなく、根底に悲しみを押し隠したような表情が絶品である。彼が外国映画で活躍する機会はますます増えるだろう。 他の日本人で出番が多いのは美波と真田広之だ。美波が演じる通訳アイリーンは、実際の写真でも演者に勝るとも劣らぬ美人である。アイリーンがユージンに寄せる愛情が、厳しい物語の中で癒しになっている。他に浅野忠信や加瀬亮といったおなじみの面々が登場するが、いずれも出番はあまり多くない。もう一人、ユージンと交流する病気の少年シゲルも忘れられない。 時代設定は1971年で、この年に放送された「帰ってきたウルトラマン」第1話にヘドロ怪獣ザザーンが登場し、同年公開の「ゴジラ対ヘドラ」でも水質汚濁による怪獣ヘドラが現れるなど「公害」が特撮物のトレンドになっていた。公害といえば典型7公害として大気汚染・水質汚濁・土壌汚染・騒音・振動・地盤沈下・悪臭があるのを授業で習った人は多いだろう。 チッソの社長が排水の浄化装置の広告で「この水は私が飲んでも安心です」と宣言する写真は、ブラックユーモアの味わいがある。笑い所と言えば、ユージンは水俣病を世界に広める業績を残したが、精神的ストレスからアルコール依存症になっている。シゲルがユージンに「手が震えているけれど、おじさんは僕と同じ水俣病なの?」と聞く場面は妙なおかしさがあった。 ラストの字幕で、2013年に日本の首相が「日本は水銀による被害を克服した」と発言したと紹介されるが、この首相は先日凶弾に倒れた安倍晋三氏である。安倍氏は東京オリンピック招致の際にも「福島第一原発は制御下(アンダーコントロール)にある」と発言した。亡くなった事は痛ましいが、元首相の発言が適切であったか検証は続けなければいけないだろう。 最後に、入浴する母子の写真で思い出すのはミケランジェロの彫刻「ピエタ」である。僕はイタリアに旅行した時にピエタの実物を見た事があり、キリストを抱きかかえるマリアの深い悲しみの表情が胸を打つ。今この瞬間でも、戦争や環境破壊によって傷ついた我が子を、悲しみを込めて抱いている母親がいるのではないか。重い問いかけを残して映画は終わる。

  • 小さき僕

    4.0

    ネタバレどんぐりまなこ

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • waka

    4.0

    事実

    2022/07/11(月)WOWOWシネマにて鑑賞。 この映画は事実を記しているのかそれだけが気になった。

  • shoko

    4.0

    泣けました。

    ジョニー・デップがなぜ今、水俣? と思って、みるのを躊躇していたのですが、ジョニー・デップとアンバー・ハードの裁判の最終弁論が終わった時、ジョニーさんの映画をとてもみたくなり、ネットフリックスで鑑賞。 ジョニー・デップは好きな俳優さんですが、おちゃらけた、エキセントリックな役をやることが多く、パイレーツだってだんだん変になってきたり、自分の出演した映画を見もしないとよく発言したりして、残念に思うこともありました。 今回ミナマタをみて、これがとても真摯で、しっかりとした社会派ドラマだったので、はっきりジョニーさんの変化が感じられました。 アンバー・ハードにDV夫の刻印を押され、大きなスタジオからの契約が解除され、公私ともに人生が変わってしまったジョニーさんは、人生をしっかり考え、映画にとりくむ必要があったのでしょう。 水俣病については子供だったので、よく知りませんでした。 このようなことがあったとは、そして今もまだ戦いが続いているとは。 映画的な脚色で時系列など事実と異なる部分もあるそうですが、写真家ユージン・スミスさんと共に活動した日系人の奥さんが「実際と異なる点はたくさんあるが、一番大切なのはあの出来事から目をそらさないことだと思う。今も続く問題だと映画を見た人たちが感じ、何かが変わるきっかけになってくれたら」言われているそうで、そのお気持ちに賛同します。 ジョニーさんはもとより、美波さん、真田広之さん、國村隼などの日本人キャストも、ライフの編集長役のビル・ナイさんもとてもよかった。 思った以上に胸に響いて、最後には涙してしまいました。 日本で起こった出来事だから思い入れも強いかも。 ジョニーさんがこんなふうに作品と向き合う映画をこれからももっとみたいです。 四つ星半。

  • ちょい悪おおかみ

    4.0

    難しい映画でした

    水俣病を世界に知らしめたユージンスミスの半生 ただ同じ日本人として、まだ水俣病で苦しんでいる患者がいる現状を考えても、今これを扱うのは果たしてどうなのか? 真田広之、浅野忠信、國村隼と世界に通用する俳優が脇を固めて、ジョニーデップが難しい配役を見事にこなしてた ただ熊本弁が聞き取りにくいから、欲をいえば字幕が欲しかった

  • syo********

    3.0

    自分は被害側にはならないと言う根拠の無い幻想

    そう言うある種の正常性バイアスの恐ろしさを感じた。 この感覚こそがお花畑なのだろう。 これは現在の原発問題にも温暖化問題にも通じる。 ただ映画作品としては標準レベル。 登場人物も風景も想像どおり過ぎてイマイチ印象に残らないのが残念。

  • mak********

    4.0

    人災の恐ろしさ

    水俣病については、もちろん大まかには知っていましたが、日本人としてあまりにも大まかにしか知らなかったことを恥じます。天災の恐ろしさとはまた違った人災。人が人の為にしていたことが、間違いによって人を苦しめる。地元の方々の『そっとしておいてほしい』の気持ちもわかるし、後世へもずっと伝えてほしいとも感じる。 映画なので、脚色したりドラマティックにしているところはあると思うし、それを理解した上でも色んな人に観てほしい。 ジョニーデップは、若い頃のイケメン、セクシーのイメージではなく、実在の人物に寄せる俳優魂を見せていました。コメディも社会派もできる俳優さんなんですね。

  • hick

    4.0

    例のひとつ。として伝える意義

    【ユージンと市民】 ジョニー・デップのやさぐれた感じ、とてもハマっている。落ちこぼれ感ただよう彼が、何度潰されても這い上がっていく様や、市民が徐々に彼を認めていく過程は熱いものがあった。その市民の「世界に真実を知ってほしいが見世物にされたくない」という思いも理解できる。ユージンにとっては何の恩も無い異国の地であり、市民は助力が欲しいが外国人を認められないという関係性は「七人の侍」の侍と農民の関係性にも似ている。日本っぽい。 【痛み、強さ】 劇中、男の子が「体触るの怖く無いの?」と聞くシーンや風呂場での撮影シーンでは涙が溢れてきた。本来そうなるはずでは無かったという憤りや痛み、どこかそれを受け入れ前向きに生きていくしかないという強さも感じた。関係ないが、被害者役はどうやって集めたのだろう。キャスティングが気になる。 【今作1番の魅力】 とにかく俳優陣は1人残らず全員が素晴らしい。エキストラレベルにいたるまで。本当にすごい。好みで言えば、ビル・ナイ好きだった。あと、浅野忠信の「実家の親を見ているような少し恥ずかしいリアルさと、でもこの状況で他人を気遣える強さ」を感じて魅力的だった。 音楽が坂本龍一だった事に驚いた。 【総括】 水俣市は「そっとしておいてほしい」というネット記事を見たが、そう思う当事者もいるのは当然。それは被害者家族だけでは無くチッソ社関係家族同様。事件を世界に伝えて同じ過ちを防ぐ責任があると同時に、関わっているのは人間であり、それぞれの立場で既に様々な苦痛を背負って生きてきたという事を忘れないようにしたい。 その点、エンドクレジットの写真でバランスを取っていたようにも思う。『これは日本に限った話では無く、ましてや水俣市を集中攻撃する作品では無い。むしろ世界中の人間が人間優位に進めていった結果、人間にアウトカムが返ってきてしまった。という同じ過ちを今でも犯し続けている。今回はその例のひとつ』そんなメッセージを感じた。 同時にデップ氏を対象にしたキャンセルカルチャーへの疑問も抱いた作品でもあった。

  • take*****

    5.0

    映像化の価値を実感!

    当時、地元熊本の大学で原因調査を行い、チッソの工場排水しか考えられないということで、排水停止を調査報告で提出したにもかかわらず、当時の政府が、東京のお抱え教授に再調査させて因果関係不明という結果にして工場排水を停止しなかったことは周知の事実です。 工場排水停止が遅れたことにより、更に多くの被害者が出ました。

  • ken********

    4.0

    写真のインパクトがある

    写真家ユージン・スミスさんが、水俣病の写真を撮る。 水俣病患者の写真のインパクトがでかいですね。 せっかく産まれたきたのに、公害病の人災だなんて。 これも忘れかけてた事柄だった。 会社側や警官の日本人の描かれ方には違和感も感じるけど。

  • don********

    4.0

    ネタバレ独占配信で観賞

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • yos********

    3.0

    称賛するには危険な作品

    着地点がよくわからない作品であった。 この病気については、教科書で学んできたが それ以上でもそれ以下でもない。 もっと知るべき歴史ではあると認識しているが 本作をそのまま鵜呑みにするのは危険だと思った。 実際に脚色されたシーンがあること それはあくまで娯楽として受け止めかねない。 娯楽であるならば地名や社名を実在で表現すべきでない。 また本作では何を一番訴えたかったのかということ 被害者たちがあたかも保障が欲しかった というためだけの闘いだったのだろうか。 保障を獲るために、弱気ものの現実を撮って 世界に訴えかけた俺ってすごいでしょ という風にユージンが映っているように感じる。 製作者はそれを意図しているのだろうか。 他国の陰部を作品にするには細心の注意が必要である。 遠回しに語ることを美徳とする我が国で ストレートに物事を表現することに 嫌悪感や違和感を抱く人が多くいることを承知の上で 世に出す意味があったのだろうか。 と疑問に感じる作品であった。 常々、世界は実話をストレートに描くことを 素晴らしいと感じていたが 今回つくづくそれがどういうことなのかということを感じた。 隣の芝生だったから悠長に褒めてられたんだと。 日本人にはとても作れない作品。

  • sss

    5.0

    良い

    美しく描かれている。 知るきっかけになるだけで価値がある。 /7.5(202201)

  • hot********

    5.0

    日本人中学生以上皆に観て欲しい

    私は熊本出身の東京在住62歳です。小学生の時は水俣の湯の児温泉に行ってました。ある期間、熊本市のスーパーから魚が消えたのを記憶します。勿論水俣病が明るみになってからです。 水俣の海も改善されて37年前に社員旅行で湯の児温泉に行き、早朝太刀魚釣りをし刺身でホテルの朝食で美味しく食べました。 水俣が元に戻りとても嬉しかったです。 撮影風景、セットがどうこう書いている方がいますが、映画の見所がずれてるのではと思いました。 ジョニーディップが好きでの映画は殆ど観ており、映画検索し熊本県人ながら先週この映画を知りました。 実は題名を知り驚きました。 良く出来た映画でした。 真田さんの熊本弁が上手でした。 映画の途中でどの位の額を被害者の方々が受け取ったのか?考えました。 連鎖で後々の保証も必要だろうと思いました。 家族に一人でも水俣病の方がいると家族皆が人生を狂わされたのに違い有りません。 チッソ(株)は上場廃止になって 会社概要 商号チッソ株式会社 創業1906年1月12日 設立1950年1月12日 資本金78億1,396万8,750円 従業員数27名(連結3,057名)(2021年3月31日現在 27名? チッソ(株)はその後隠れ蓑のように部門ごとに名前を替え信越化学、旭化成、積水化学、積水ハウス。 私も中には株を買った事のある有名企業ばかりです。 チッソ(株)がダメなら、これらの同根企業4社が賠償金を支払う協力をすれば良いかと思います。 あくまでも個人的意見です。

  • der********

    4.0

    一枚の写真が語るもの

    「写真はせいぜい小さな声にすぎないが、ときたま――ほんのときたま――1枚の写真、あるいは、ひと組の写真がわれわれの意識を呼び覚ますことができる」(ユージン・スミス) ぼくが今までに見た写真の中で忘れることができない一枚がある。ユージン・スミスが1971年11月に熊本県水俣で撮影した、「入浴する智子と母」と題される写真がそれだ。水俣病患者さんの娘に対して注がれる母親の無償の愛情と、その母に寄せる娘の全幅の信頼。この写真には間違いなく人間の持っている最も美しく強くたくましいものが写しこまれている。宗教画を思わせる奇跡の一枚。映画は、この写真が撮られるまでのスミスと妻アイリーンの日々を描いていく。 二人はともに戦う同志であり戦友であり、尊敬しあう子弟であり、愛し合う男女。亡きスミスが憑依したかのようなジョニー・デップ渾身の演技に圧倒される。浅野忠信、真田広之、國村隼ら外国人監督が好んで使う日本人俳優が安定の(悪く言えば相変わらずの)演技で脇を固める。それにしてもこうした告発ものの硬派の映画が、当事者である日本人の手で作ることができない現実って何なのだろう。事実とは異なる物語に異を唱える人もいるかと思うが、こうした映画を製作しようと思い立った人々の思いはそれを凌駕している。何よりもなぜこの一枚の写真が撮られ、世界中にどのような影響を与えたのかをきちんと描いていることは素晴らしい。名作として語り継がれる作品だと思う。 ぼくに水俣におけるユージン・スミスとアイリーンの活動について教えてくれたのは、今は亡き永六輔さん。ロバート・キャパと同じ戦争カメラマンだとばかり思っていたスミスの別の面を知った。そして、水俣病患者さんが病気だけでなく故無き差別に苦しんでいること、水銀を垂れ流した企業や無策の国家と困難な法廷闘争を続けていることも知った。土本典昭監督のドキュメント映画の上映会にも足を運ぶようになったのもそのころからだ。それから長い年月が経ったけれど、まだ患者さんが完全に救われたとは言えない現実。そして、エピローグで流される、原発事故や工場廃液などによる公害病に苦しんでいる多くの人々が、まだ世界のあちこちにいるという現実。 冒頭と入浴撮影シーンでアキコの母親がつぶやくように唄う「五木の子守唄」が悲しく心に響く。

  • iriguchinorio

    2.0

    『MINAMATA』に違法作品の疑い

    筆者(入口紀男)は2018年に制作・主演のジョニー・デップに手紙を送り、「水俣病」は差別用語であるから慎重に使うようにと知らせて筆者の著書 『Minamata Bay, 1932』( 2012年)を贈りました。  筆者が映画『MINAMATA』を観た全体の印象は、およそ最初から最後まで「違和感」の連続でした。  水俣市の固有名詞を映画のタイトルとし、チッソ株式会社の正式な法人名を全画面に表示し、その固有のロゴを表示したうえで、故意にかつ執拗に「ねつ造シーン」と「やらせシーン」を連発するこの作品は、歴史を改ざんするものです。この映画には名誉毀損罪、信用毀損罪、著作権侵害等の「違法作品」の疑いがあります。後世に残すことも許されないでしょう。 「つくり話」(ねつ造シーン・やらせシーン)は少なくとも次の六か所に出て来ます。 (1)ユージンとアイリーン・スミスが水俣に来た 1971年9月には、チッソが廃液をパイプで流さなくなって10年以上、また、どこにも流さなくなって、3年以上経っていましたから、映画で廃液を太いパイプからどぼどぼと流すシーンは「やらせ」です。事実と大きく異なっています。 (2) 劇中、チッソ水俣工場の構内でチッソの社長が 5万ドル入りの封筒をユージン・スミスに手渡し、すべてのネガを渡して「帰れ」と言い、ユージンが「くそくらえ」と断ります。それも根拠のない「ねつ造」です。 チッソ水俣工場は、ユージンを構内に入れていません。工場の来場者記録にも「ユージン・スミス」の名はないでしょう。当時社長(嶋田賢一)も会長(江頭豊)も水俣にはいませんでした。 (3) 劇中、ユージンの仕事場が放火されるシーンが出て来ます。それも根拠のない「ねつ造」です。当時水俣でどのような小さな火事があろうと、町中に知れ渡り、地方紙にも載りました。水俣の消防署にも警察署にもそのような出動記録はありません。 (4) 劇中、ユージンらがチッソの附属病院に行き、また、警備員の目を盗んでコンクリートの階段を駆け降りる。下の部屋で機密資料を発見するというシーンが出て来ます。それも「やらせ」です。  ユージンとアイリーン・スミスが水俣に来た 1971年9月には、附属病院(木造平屋でコンクリートの階段などもない)は廃院となっていてすでに存在していませんでした。 (5) 1972年1月7日(金)、ユージンが千葉県市原市五井にあるチッソ五井工場に行ったとき、水俣からの交渉団約 20名が工場の事務所から退去を拒みました。ユージンも当時の妻アイリーン・スミスもその中にいました。そのときユージンは倒れ込んで怪我を負いました。  仮にユージンらが「傷害罪」でチッソを告訴すると、チッソは「住居侵入罪」でユージンらを告訴したでしょう。千葉地検の判断としては、「住居侵入事件」も「傷害事件」も、嫌疑不十分の不起訴となりました。  ユージンは沖縄戦で負った傷の後遺症のため、痛み止めとしてウィスキーが欠かせませんでした(朝日 2021年10月7日)。サントリーレッド(39度 640ml)を毎日半分空けていて、絶えず酒気を帯びていたようです。口の中には日本軍による砲弾の破片があったようですから、五井工場で倒れ込んで口から出血したことはあり得たと思われます。  アイリーン・スミスは 2020年に熊本学園大学に提出した『 W.ユージン・スミスとの日々:回想』と題する一文(同大学が公開)の中で「チッソの暴力団から傷害を受けた」などと述べていますが、当時のチッソの従業員は単に自らと家族の生活のために就労していただけでしょう。その中に暴力団のような反社会的勢力はいませんでした。  劇中、写真家としては重要な手のひらを靴でぎりぎりとつぶされて怪我をするシーンが出て来ますが、ユージンは手のひらを怪我していません(ユージンの診断書)。 (6) 劇中、ユージンの最高傑作の一つとなった「患者の少女と彼女を入浴させる母親の写真」を撮るとき、怪我でシャッターを直接切ることができなかったというシーンが出て来ます。それも「ねつ造」です。  怪我は 1972年1月7日でした。その写真は前年の 1971年12月24日に撮影されましたから、本当は怪我をしていませんでした。  なお、入浴シーンの被写体(娘と母)にもその思想・感情の「表現者」として「著作権」が生じています。  入浴シーンの娘は 1977年に逝去しました。親であれば亡くなった娘をもう「さらし者」にしたくありません。これは通常の日本人の死者に対する「畏敬の思い」です。両親は、映画にも登場させてもらいたくありませんでした(朝日2021年10月16日)。  娘がもつ映画の「上映権」などは死後七十年間 2047年12月31日まで現在も存続していて両親などの近親者に相続されています。両親にとって、『MINAMATA』は法律上も倫理上もあってはならない映画です。その権利を勝手に侵害してはなりません。

  • ter********

    3.0

    リアリティの無い空気感

    真面目な作品であり作り手の情熱も感じるが、いかんせん何か私達が知る熊本や水俣ではなく、遠い国の御伽噺のようなリアリティに欠ける作品になってしまっている。これは単にロケ地がセルビアやモンテネグロであったというよりも、微妙に日本とは違うセットや家屋の天井の高さや、八代海とは似ても似つかない海から、その違和感を嗅ぎ取るのだろう。もちろん熊本すら知らない外国人にはそのようなディテールは関係ないのだろう。しかし、当事者やあの事件を知る日本人にとっては、やはり何か違う世界での再現でしかない。もちろんそれらは作品の本質とは関係無いのだが、この作品では、水俣は奇妙な駅、被害者宅、暗室部屋、病院と工場だけで、まるで水俣という街が無かったかのような印象を受ける。住人の住む生きた街の匂いがしないのだ。豊かな自然で豊かな生活がかつてあった水俣の痕跡が無く、事件の場所としてしか水俣が舞台になっていないのだ。ユージン・スミスのPOVにしかなっていないのは、製作側の弱点をさらけ出してしまっている。そこに生身の人間の生活があるからこそ深刻な事件になるのではないか。 もちろんこの作品には表現上優れた点は沢山あるのだが、このあまりにも日本らしからぬ、変な透明な空気感、昭和独特の照明の無さ、水俣の街の存在感の無さが、深く物語に入り込めない違和感を増幅させてしまうのだ。 さらに5万ドルの買収のエピソードはフィクションであり、物語をわかりやすくしようとした制作側の勇み足であった。

  • たかし

    4.0

    日本で撮影していない反リアリティーだけど

    水俣病を扱った映画。 もちろん大半の設定は日本の水俣市である。 しかしその描写にリアリティーは無い。 家屋、工場、病院、部屋にある家具や小物。 1971年の日本ではない、しかし海外の方が見たら そこの必然性はあまり関係ないのかな。 テラスでアメリカに電話したり、病院に入るのは かなりの厳重体制なのに、病院内で写真パチパチ外人が撮ってたら かなり目立つと思うんだけど(笑) まぁ、論点はそこではなくエンディングに向かう ユージンの圧倒的な写真(本物の写真や動画) 特にラストの写真は圧巻。 それにつきるかな。 エンディングで締まったいい映画でした。

  • pak********

    4.0

    突っ込みどころは多々あれど

    日本人が見ると、泣いている子供が日本人じゃないとか、ニジマス(淡水魚)をぶった切っていたとか色々突っ込みどころはある。 ジョニー・デップはさすがの存在感なんだけど、國村隼らが出てくるとなんか一段落ちるというか・・・味わいが違って別の作品(安物のドラマ)のように見えてしまうし。 工場が新しくて綺麗すぎて、1970年代の日本の工場を知っている中高年(私)からしたら近未来映画のようにしか見えない。 病院も新しくて綺麗すぎて、しかもほぼ個室で広々してるって70年代日本のリアリティが全くない。 こういうの、CGででも加工できなかったのかな?とがっかりする。 ・・・でもまあ外国映画なのだから仕方ないのか、と目を瞑るしかない。 映画自体はまずまずの出来で、水俣病を知らない若い人にもっと見てもらいたいと思える。 アキコチャンの手足は作ったのかも知れないけど、カメラをもらった少年の指はどうやって曲げてるんだろう?本当に曲がっている人なのかな?と息を潜めながら患者の病状を診ていく。 戦った人、会社が命じるままに被害者を排除する人、それぞれの立場の中で物語は進行していき、スミスは写真を撮り、世界中に報道され、チッソは賠償せざるを得なくなる。 スミスの写真のおかげだと言っても過言ではないと思う。 ラスト近くで、(著作権を持つアイリーンが一度は封じた)スミスが写した本物の「入浴する智子と母」が一瞬だけ映し出される。 その「百聞は一見にしかず」とも言える真実だけが持つ迫力に、心を揺さぶられない人はいないと思う。 (私自身は過去に見ているが、この映画を見た流れで見ると、感慨も深い) それを見るだけでも、この映画を見る価値はある。 日本人なら見なければならない映画の1本だと思う。

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