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MINAMATA―ミナマタ―
2021年9月23日公開

MINAMATA―ミナマタ―

MINAMATA

1152021年9月23日公開

iriguchinorio

2.0

『MINAMATA』に違法作品の疑い

筆者(入口紀男)は2018年に制作・主演のジョニー・デップに手紙を送り、「水俣病」は差別用語であるから慎重に使うようにと知らせて筆者の著書 『Minamata Bay, 1932』( 2012年)を贈りました。  筆者が映画『MINAMATA』を観た全体の印象は、およそ最初から最後まで「違和感」の連続でした。  水俣市の固有名詞を映画のタイトルとし、チッソ株式会社の正式な法人名を全画面に表示し、その固有のロゴを表示したうえで、故意にかつ執拗に「ねつ造シーン」と「やらせシーン」を連発するこの作品は、歴史を改ざんするものです。この映画には名誉毀損罪、信用毀損罪、著作権侵害等の「違法作品」の疑いがあります。後世に残すことも許されないでしょう。 「つくり話」(ねつ造シーン・やらせシーン)は少なくとも次の六か所に出て来ます。 (1)ユージンとアイリーン・スミスが水俣に来た 1971年9月には、チッソが廃液をパイプで流さなくなって10年以上、また、どこにも流さなくなって、3年以上経っていましたから、映画で廃液を太いパイプからどぼどぼと流すシーンは「やらせ」です。事実と大きく異なっています。 (2) 劇中、チッソ水俣工場の構内でチッソの社長が 5万ドル入りの封筒をユージン・スミスに手渡し、すべてのネガを渡して「帰れ」と言い、ユージンが「くそくらえ」と断ります。それも根拠のない「ねつ造」です。 チッソ水俣工場は、ユージンを構内に入れていません。工場の来場者記録にも「ユージン・スミス」の名はないでしょう。当時社長(嶋田賢一)も会長(江頭豊)も水俣にはいませんでした。 (3) 劇中、ユージンの仕事場が放火されるシーンが出て来ます。それも根拠のない「ねつ造」です。当時水俣でどのような小さな火事があろうと、町中に知れ渡り、地方紙にも載りました。水俣の消防署にも警察署にもそのような出動記録はありません。 (4) 劇中、ユージンらがチッソの附属病院に行き、また、警備員の目を盗んでコンクリートの階段を駆け降りる。下の部屋で機密資料を発見するというシーンが出て来ます。それも「やらせ」です。  ユージンとアイリーン・スミスが水俣に来た 1971年9月には、附属病院(木造平屋でコンクリートの階段などもない)は廃院となっていてすでに存在していませんでした。 (5) 1972年1月7日(金)、ユージンが千葉県市原市五井にあるチッソ五井工場に行ったとき、水俣からの交渉団約 20名が工場の事務所から退去を拒みました。ユージンも当時の妻アイリーン・スミスもその中にいました。そのときユージンは倒れ込んで怪我を負いました。  仮にユージンらが「傷害罪」でチッソを告訴すると、チッソは「住居侵入罪」でユージンらを告訴したでしょう。千葉地検の判断としては、「住居侵入事件」も「傷害事件」も、嫌疑不十分の不起訴となりました。  ユージンは沖縄戦で負った傷の後遺症のため、痛み止めとしてウィスキーが欠かせませんでした(朝日 2021年10月7日)。サントリーレッド(39度 640ml)を毎日半分空けていて、絶えず酒気を帯びていたようです。口の中には日本軍による砲弾の破片があったようですから、五井工場で倒れ込んで口から出血したことはあり得たと思われます。  アイリーン・スミスは 2020年に熊本学園大学に提出した『 W.ユージン・スミスとの日々:回想』と題する一文(同大学が公開)の中で「チッソの暴力団から傷害を受けた」などと述べていますが、当時のチッソの従業員は単に自らと家族の生活のために就労していただけでしょう。その中に暴力団のような反社会的勢力はいませんでした。  劇中、写真家としては重要な手のひらを靴でぎりぎりとつぶされて怪我をするシーンが出て来ますが、ユージンは手のひらを怪我していません(ユージンの診断書)。 (6) 劇中、ユージンの最高傑作の一つとなった「患者の少女と彼女を入浴させる母親の写真」を撮るとき、怪我でシャッターを直接切ることができなかったというシーンが出て来ます。それも「ねつ造」です。  怪我は 1972年1月7日でした。その写真は前年の 1971年12月24日に撮影されましたから、本当は怪我をしていませんでした。  なお、入浴シーンの被写体(娘と母)にもその思想・感情の「表現者」として「著作権」が生じています。  入浴シーンの娘は 1977年に逝去しました。親であれば亡くなった娘をもう「さらし者」にしたくありません。これは通常の日本人の死者に対する「畏敬の思い」です。両親は、映画にも登場させてもらいたくありませんでした(朝日2021年10月16日)。  娘がもつ映画の「上映権」などは死後七十年間 2047年12月31日まで現在も存続していて両親などの近親者に相続されています。両親にとって、『MINAMATA』は法律上も倫理上もあってはならない映画です。その権利を勝手に侵害してはなりません。

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