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Our Friend/アワー・フレンド
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Our Friend/アワー・フレンド

OUR FRIEND/THE FRIEND

1262021年10月15日公開

Dr.Hawk

4.0

ネタバレ人として、捧げるべき価値のある時間の共有

2021.10.21 字幕 MOVIX京都 2019年のアメリカ映画(126分、G) 原作は2015年の雑誌「エスクァイア」に掲載されたマシュー・ティーグのエッセイ「The Friend :Love Is Not a Big Enough Word」 末期癌の妻の介護にあたった夫と、その夫婦を献身的に支えた友人の物語 監督はカブリエラ・カウパースウェイト 脚本はブラッド・イングルスビー 物語は2000年から2015年にかけてのティーグ夫妻の馴れ初めとその別れ、そして、彼らの終末期に人生を捧げた友人デイン・フォシュー(ジェイソン・シーゲル)らの関係を時系列を交錯した演出で描いていく 時は2011年、大学時代の親友だったニコル・ティーグ(ダコタ・ジョンソン)とデインは再会を果たし、ニコルが結婚していることを知らずにデートに誘ったデイン それを聞いた夫のマットことマシュー・ティーグ(ケイシー・アフレック)は、一目見てガツンと言ってやろうとデインと会うことになる デインは既婚者であることを知らなかったと詫び、二人は大学時代からの親友だったと弁明した その後、将来設計などの話で打ち解けたデインとマットは和解し、それから二人は親友のような関係性になっていった ニコルとマットには二人の娘ががいて、長女モリー(イザベラ・ケイ・ライス、7歳時:チャンドール・ヘッド)とイーヴィー(ヴァイオレット・マッグロウ、4歳時:ヴェダ・ジョイ・マーティン)はおてんばな少女たちだった そして2012年、体調を崩したニコルが病院に搬送されると、卵巣癌の転移が腹部全体に進行している絶望的な状況であることが告げられる ニコルとマットは娘に隠しながら化学療法を開始し、ジャーナリストとして世界中を駆け回っていたマットは彼女の介護につきっきりになっていた そのことを知ったデインはニューオリンズから彼らの元を訪れる 洗濯物や食器が散らばった屋内を見て愕然としたデインは、そこから彼らの生活の支援に乗り出す 娘二人の世話をしながら家事手伝いをし、最終的には住み込みでニコルの介護まで手伝うようになるのである 物語は2012年の癌告知を機に一変した夫婦とデインの生活をメインに描き、彼らの関係性を回顧録のように紡いでいく この演出は映画を見慣れない人にはややこしく映るのだが、この奇妙な関係の馴れ初めに疑問を補完をしていくのと同時に、それぞれの人物がその時に思い起こしたことをそのまま構成しているように思えた 私の鑑賞した劇場では「入場者特典」として、一部抜粋されたエッセイの日本語役と3人の写真が載っている だが、抜粋された部分にこそ、この闘病生活における苦難が描かれているので、心臓の強い方は原文を読むか翻訳にかけて読んで欲しい 映画では闘病生活の、どちらかといえば綺麗に見える部分を描いている でも本当の闘病生活はこんなに綺麗なものではなく、もっと過酷で看病者の精神を削るものである セラピスの看護士フェイス(チェリー・ジョーンズ)が来訪した際に放った「これを二人で?」というセリフは映画以上に重いものである 記事のタイトルは「My Friend」であるが、映画ではニコルの意思も加味して「Our Friend」となっている そして、副題となっている「Love Is Not a Big Enough Word」はエッセイの終盤の一文であり、この言葉の深い意味を知る上でも、全文読破によって、より一層この映画で描かれていることが伝わるのではないだろうか いずれにせよ、淡々と描かれる闘病と看病の2年間であるが、どうしてデインが自分人生を捧げることになったのかということは明確には告げられない かつて在宅で末期癌の妻を看取った経験のある私は、人の死に対する劇的な仕掛けの多くが嘘であることは十分にわかっていたので、この映画でマットとデインが遭遇した死の瞬間というものがとてもリアルに感じられた この映画は劇的な闘病ドラマを期待し、ドラマティックな展開を望むと肩透かしを喰らうかもしれないが、結局のところリアリティとフィクションの境界をぼやかそうとするとこう言った演出になってしまうということだろう 現在の看取りは病院や施設で行われることが多く、臨終に立ち会えないのが世の常ではあるものの、終末期医療としてどのような人生を選ぶかというのは選択肢が増えている そう言った意味において、自分たちの終末を考えるきっかけになる映画ではないだろうか ちなみに私個人が感じたデインの理由は「使命感」であると思う おそらくは恋愛感情が残っていたとは思うものの、理想の女性が崩れていく姿を最期まで看取ることができる精神を表現するならばこの言葉しかない 原題の意味は「愛と言う言葉では表せない」というものなので、それを考えると自分の存在理由を感じたデインが自分の人生の価値というものをふたりから感じ取ったのではないだろうか

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