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流浪の月

1502022年5月13日公開
流浪の月
4.2

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作品情報上映スケジュールレビュー

あらすじ・解説

雨の公園で、10歳の少女・家内更紗がびしょ濡れになっているのを目にした19歳の大学生・佐伯文。更紗に傘を差し出した文は、引き取られている伯母の家に帰りたくないという彼女の気持ちを知り、自分の部屋に入れる。そのまま更紗は文のもとで2か月を過ごし、そのことで文は誘拐犯として逮捕されてしまう。被害女児、加害者というらく印を押された更紗と文は、15年後に思わぬ再会を果たす。

シネマトゥデイ(外部リンク)

予告編・動画

作品レビュー(335件)

切ない26.4%悲しい19.6%泣ける17.5%絶望的8.1%恐怖4.9%

  • KameMame

    4.0

    ネタバレ原作を読んで。文はロリコンでも性病でもない(大事)

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • あずみはは

    4.0

    ネタバレ3人の演技が素晴らしい

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • しんしょうひろみ

    1.0

    すずちゃんの冒険

    北米・南米の刑務所で ロリータコンプレックスは 投獄されたその日に囚人によって殺害される 敢えてレベル5の刑務所に入れられて ロリータコンプレックスは この地球上で最悪の人間 美しく描いて映画にするのは論外 原作も知らずに『なんか面白そう』 って、だけで観て、怒り狂った こんなものを芸術にしてはならない

  • mur********

    5.0

    中学生の頃見た映画を思い出した!

    数年前に映画を見たときに、広瀬アリスが大人の演技ができるようになったと思ったら、今回はすずが大人の演技ができるようになったと思いました。セリフのないシーンでも、後ろ姿でも感情をしっかり表してました。 松坂桃李が後半に警察にしょっぴかれるシーンでは、今までに観た映画のベスト5に入る、中学生の時に見た『映画シベールの日曜日』を思い出しました。似たようなテーマの映画でした。 意外なラストシーンも???とは思いましたが、それもありかな? 久しぶりに、いろいろなことを深く考えさせられる映画でした。 今回は原作読む前に観たので、ゆっくり原作も読みたいと思います。

  • kis********

    1.0

    映画界の深い闇。。。広瀬すずファンとして

    僕は広瀬すずファンとして、映画の宣伝やインタビューを見て、女優としての成長した姿や新たな境地、体当たりで取り組んだと話していた、迫真の演技などを期待して見に行ったのですが、映画が始まって直ぐに心が凍りついて胸が苦しくなり、帰りたくなりました。 体当たりの意味が全く違っていたのです。 下品で露骨な言い方ですが、批判を覚悟で言わせて頂くと、この映画はわいせつ映画でした。 これでもかというくらい執拗なまでに激しく露骨に舌をねじ込まれ、バストを揉まれ、下着の上からとはいえ下半身の局部を舐められる。。。 このシーンだけを見れば立派なポルノ映画です。 そんなシーンを冒頭に持って来て、これでもかというくらい長々と見せたのです。 ラッキーと喜んだ人もいたと思いますが、広瀬すずファンの僕は正視出来ませんでした。 愛する彼女を寝取られた様な胸を掻きむしられる程の辛い気持ちになり、何度も目を背け早く終わって欲しいとさえ思いました。 この映画で、そこまでの暗い気持ちになったのは、図らずも何の関係もないこの性行為のシーンだけでした。 ファンでなくても、あそこまでするのかと度肝を抜かれた人も多かったと思います。 そこまで真剣に入れ込んで取り組んだのかと、広瀬すずの体当たりの演技に間違った喝采を送った観客も多いと思います。 体当たりの迫真の演技が性行為なんてどうでしょうか? 最初は広瀬すずさんがここまでするのかと余りのショックで、制作側の意図など考えられませんでしたが、少し時間を置き冷静に考えると、徐々に彼らのドス黒い思惑や目論見が顕になって来ました。 彼らのドス黒い思惑や目論見には、広瀬すずにとっては完全にイメージダウンになる程の、執拗で激しく下品な性行為を演じさせる必要性があったのです。 映画のリアリティや芸術性とは何の関係もない、ただ冒頭から観客を暗い世界に引き込むためだけに広瀬すずを利用したのです。 もし、この映画が賞を取ることにでもなれば、悲しいけどストーリーとは無関係の広瀬すずさんの迫真の性行為の演技が賞を取らせるのだと思います。 そうなれば、いつまでもセクハラ紛いの性行為を女優に演じさせる悪い習慣が続くでしょう。 原作者には気の毒ですが、原作で描かれている主人公の特異な背景から生まれた悲しみや悲哀、絶望感や現代社会の問題性を微妙な表現で浮き彫りにし、一気に原作を映像芸術にまで高めるような資質や才能はこの監督には無かったのです。 無能で野心的な制作側が、広瀬すずに求めたものは、失礼ながら俳優としての表現力や素質では無く、子供から抜け出したばかりの様な幼さが残る初々しさや愛くるしさであり、彼女の持つ透明感、清潔感であり、優しさや素直さであり、美しさでした。 そして、超人気若手女優広瀬すずが持っている何百万人ものファンと話題性だったのです。 この映画は、そんな広瀬すずに「生臭い露骨で卑猥な性行為」を演じさせることで作った暗く陰湿なわいせつ感を、そのシーンを冒頭に長尺で持って来ることで、ストーリーも含めてこの映画全体から醸し出している空気だと錯覚させたのです。 ここまでの背徳感漂う暗く重い陰鬱な空気が出たのは、広瀬すずさんしか無い透明感や幼さ、愛くるしさと露骨で下品な性行為との対比が作り出したもので、他の女優ではこうは行かなかったでしょう。 もっと言えば、日本人の持つ倫理観や道徳観を巧みに利用して、露骨で下品な性行為に対する嫌悪感や反発心を無意識に引き出して背徳感漂う暗く重い陰鬱な空気を醸し出したのです。 だから透明感や幼さの残る広瀬すずでなければならなかったのです。 それはそれで見事でした。 そういう目線で見ると、演出もカメラワークも、編集も一級のポルノ映画のプロとしての職人技が光っていました。 この映画は、広瀬すずさんの新境地を開拓したいという思いや体当たりで演じようとした意気込みや負けん気の強さを悪用したのです。 広瀬すずさんが大人になり、新境地を開いたと評された、その大人の新境地があのような下品な性行為を「堂々と演じる」ことなのかと思うと悲しくなり、体当たりで挑んだと言う迫真の演技が、舌をこれでもかというくらい激しく絡ませて、胸を揉ませ、下着の上からとはいえ自らの局部を舐められる姿まで演じることだったとは、すずファンとしても映画のファンとしても絶望感しか生まれませんでした。 このシーンは映画だけでなく、女優広瀬すずの品位までも貶めたのです。 この映画や監督の何が許せないと言って、芸術性やリアリティーと方便を使って騙し、広瀬すずの「女性」や独特の透明感を破壊することでしか、この原作の空気感を作り出せなかった自身の創造性の無さや芸術性の低さ、哲学の無さを誤魔化して、誠実な芸術家を気取って、ドヤ顔、したり顔で舞台挨拶に出ていたこの男のずる賢さです。 そこに気付かず、「女優広瀬すず」が今後どうなるかも深く考えず、それなりにやり切った満足感を漂わせ、ニコニコし、このペテン監督に感謝すら述べていた広瀬すずさんが哀れにさえ見えました。 これで大女優としての登竜門をくぐったと勘違いしなければいいのですが、大女優どころか、「芸術だ、リアリティだと上手く要求すれば何でも引き受けるコンビニエンス女優」の扱いにならないかと危惧しています。 一度こういうイメージに染まれば、中々抜けられないし、透明感や清潔感は二度と戻りません。 吉永さゆりさんが長年透明感や清潔感を保てたのは、このようなシーンを安易に受けなかったからだと思います。 透明感や清潔感が絶対ではありませんが、かといっていつまでも、人前で性行為を見せる間違った表現はやめなければなりません。 それにしてもなぜ、広瀬すずさんはこんなポルノ紛いのシーンを引き受けたのでしょうか? これくらい何でも無い演出や演技だ平気だという彼女の認識なのでしょうか? リアリティや芸術という都合の良い言葉に騙されたのではないでしょうか? あの卑猥で下品な性愛シーンが芸術なら、ポルノ映画はすべて芸術です。 以前の映画「怒り」で「この映画を潰すつもりか」と叱責されたと語っていましたが、その言葉もクサビの様に、若い素直なすずさんの心にトラウマのごとく深く刺さっていたのでしょう。 覚悟を決めて監督の意向にしたがって挑んだのだと思います。 もしかしたら、すずさんには細かな内容を隠し、横浜流星に「遠慮なく思い切りやれ」と吹き込み、いきなりやらされて、逃げられなかったのかも知れません。 大勢のスタッフに囲まれた現場で、拒否することは若い広瀬すずさんには出来なかったでしょう。嵌められたのでは無いかとさえ思っています。 仮にそうなら、これは創作の名を借りた性暴力やセクハラだと思います。 広瀬すずと横浜流星が親密感を作るために二人きりになれる時間を監督に与えてもらったとすずさんはお礼を述べていましたが、露骨な性行為のシーンを円満円滑に撮る為だったのです。 恐らく冒頭のこのシーンは現場やスタッフに馴染んだ中盤以降に撮影したのだと推測します。 撮影の合間に食事をしたり、優しい言葉をかけて親密感、安心感も十分に作り、時には怒鳴り、時には優しくしたりして緩急を付け、手玉に取られて好意を持った時を見計らって演じさせられたのかも知れません。仕掛けられた罠に嵌った可愛そうな獲物だったのです。 でないと、若い超人気女優広瀬すずが、あそこまでの露骨で下品で、エロ心で見る以外正視出来ない衝撃の性行為シーンを引き受ける理由がありません。 透明感のある愛くるしい広瀬すずさんに、容赦のない性行為シーンを要求したこの監督の心の奥底にある残虐性、変態性を見た気がしました。 彼女のファンとは言え、ここまでの憤りや怒り、胸を切り裂くような悲しい感情を掻き立てられたののだから、ある意味、この監督のドス黒い思惑は見事に成功したと言えるでしょう。 僕も広瀬すずファンでなければ、このドス黒い思惑や計算は気付かず、映画全体から出ていると錯覚したでしょう。 さらに、この映画を称賛した観客や広瀬すずさんさえも、このどす黒い映画監督の思惑に見事嵌められたのです。 広瀬すずさんは、「一般の人たちが味わうような社会経験が少なく、何をどう表現したらいいのかわからないのが演技をする上での最近の悩みだ」と自ら語っていましたが、監督やプロデューサーなどの制作側のこのドロドロとしたどす黒い思惑や計算を見抜くには、心が綺麗過ぎたし、若過ぎたし、素直過ぎたのです。 この映画は、経済優先で日本が心が荒廃していた1960年〜70年頃の社会の恥部を描いた社会派映画を古臭い映像表現で幻想的にし、清純派女優にわいせつな性行為を演じさせて観客動員を狙う手口を使い、奇異なストーリーと広瀬すずさんを含め、俳優陣の素晴らしい演技以外、見るべきものの乏しい映画でしたが、映画界や芸能界のドス黒い闇の深さを考えさせられたという意味では、非常に示唆に富んだものでした。 そして後に出るDVDなどは、芸術性とは無関係に、さぞかし男性客に売れることでしょう。 もし、そこまで計算されていたとしたら。。。。。 広瀬すずさんには、この映画のドス黒い意図が解らない観客の、錯覚に基づいた映画評で勘違いして、間違った方向に行かないようにだけは祈ります。 何度も言いますが性行為を演じることや見せることは、間違っても芸術ではありません。

スタッフ・キャスト

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監督

脚本

製作総指揮
広瀬すず家内更紗
松坂桃李佐伯文
横浜流星中瀬亮
多部未華子谷あゆみ
趣里安西佳菜子
三浦貴大湯村店長
白鳥玉季更紗(10歳)
増田光桜安西梨花
内田也哉子佐伯音葉
柄本明阿方

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基本情報


タイトル
流浪の月

上映時間

製作国
日本

製作年度

公開日