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流浪の月
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流浪の月

1502022年5月13日公開

xeno_tofu

5.0

ネタバレ「出会い方さえ違えば・・・」と思わずにいられない

原作未読。 複雑でほの暗い背景が絡み合う重厚な一作。 「女児誘拐事件の被害者と加害者が十数年の時を経て再会してしまう」というあらすじからは、いくらか展開が読めた。 人知れぬ過去を持つ人間は、そうならざるをえなかった事情や背景が存在するというのが、フィクションの常道。そこを、どう描いていくのかが、作家や製作者の腕の見せどころだ。 本作を通じては、胸を締め付けられる苦しさを感じた。 虫の声や風鈴の音など、自然音が心地よく響くなか、重めの映像が眼前に広がる。ファミレスに勤める家内更紗(広瀬すず)。彼氏と同棲していて、結婚も間近なよう。高校生たちがテーブルで盛り上がっている事件は気になるが、順風満帆に生きている女性じゃないか―と思うのが序盤の展開。 ここから、少しずつ、この幸せに見える風景の実像が明かされていく。砂の足場がもろもろと崩れるような感覚だ。 亮(横浜流星)は、彼女である更紗の過去を受け入れているかのように登場する。最初は心配性なのかなというトーンから、束縛癖を見せて、さらにはDVに発展する。典型的な現代のダメ男で、「目を覚ませ」などと更紗に向けた文句はすべて自分に跳ね返っているのは、滑稽でもあった。自傷してしまうところで、女性の過去に付け入るしか、人とつながれない悲しい男だったのかもと思う(同情はしないが)。 バイト先の同僚、安西(趣里)は知ってか知らずか、更紗の人生をかき乱す。更紗が文(松坂桃李)と再会するきっかけをつくり、娘を残して蒸発。その娘を残したことで、更紗と文の現状を壊す流れを生む。 物語は、大きく前後半に分かれていた。 更紗の過去と現在が交錯する前半部。 2つの時間軸がパッチワークのように縫い付けられるように交差し、徐々に更紗の実情が見えていく。この部分は、エッセンスだけ取り出せば、1つの恋愛もののセオリーに収められ、現在の彼との関係に悩む女性が、自分の過去を知る男性に再会するという構図が採られる。過去を描くなかで、誘拐事件の真相が見えてくる。それは、まるで大人と少年少女の交流を描くヒューマンドラマのような幸せなシーンも描かれるが、更紗には、逃げるしかなかった胸が苦しくなるような背景があったことが明かされる。 更紗が文の隣の部屋に移り住んだところからが後半部。DVの彼とも決別し、物語としては、最後のピースだけを残す。それは、誘拐行為に及んでしまった文の事情だ。 この後半部が、どう物語を決着させるのか、そわそわさせられながら鑑賞者に見守ることを強いてくる。 文に「ロリコン」という言葉ではくくれない、何か事情があるのは明らかだ。 安西の娘、梨花を預かり続けることになることも不穏だし、亮の登場も続き、彼がどんな行動に及ぶか読めないのもざわめく。そして、文の回想に出てくる母親(内田也哉子)も何かのキーを持っていることも分かる。 やきもきしながら、スクリーンを注視する。そして、真相が分かった瞬間、自分がそんな境遇にいないために理解こそできないが、文の言動ににじんだ、とてつもない苦しさに気づかされる。 更紗と文は、世間の好奇の目にさらされながらも、互いに支え合う道に進むようだ。これがハッピーエンドではないことだけは分かる。「支え合う」とまとめてしまったが、残るのが他を排した「共依存」ならば、これからも世間は2人を面白がったり、気味悪がったりするからだ。もっと違った出会い方をしていれば、この2人だけでなく、この物語に登場するすべての人がもっと平凡に生きていけたと思えるだけに悲しい。 俳優陣は、みんな何かに憑依されたかのように、自身の影を感じさせる隙を与えない演技だった。 広瀬すずはバラエティーで見せる明るい雰囲気とは裏腹に、こうした影がある女性を街場にいるいで立ちで見せる。同じ李相日監督の「怒り」を見た時は衝撃だったが、本作でも、両親に恵まれず不遇な境遇で傷ついた過去を抱えながら、誘拐事件という結果を招き、文を傷つけてしまったことを悔やむという難役になりきっていた。 松坂桃李は途中、名前が思い出せなくなるほど、文という人物だった。彼が更紗にも隠し通そうとしたものは、スクリーンの前にいる私たちにも最後まで見せていなかった。それを演技に示したのは、さすがだ。 横浜流星が、ちょっと怖いくらいにDV男にハマっていたのは印象的。趣里はよく言えば快活、悪く言えばガサツな市井の人として画面に現れていた。 文の彼女、あゆみ役は登場のタイミングこそ端役のような印象で、多部未華子が演じたことを意外に感じた。だが、文との最後の対面を考えると、彼女くらいの役者じゃないと手に負えなかったのだろう。 文の母、内田也哉子は、とてもいいアクセント。母、樹木希林に似た雰囲気があった。アンティークショップの店主は柄本明なのだが、これはさすがに無駄遣いかなぁ。確かに印象的なセリフを残すのだが、ここはもっと別の俳優さんに任せてもよかったと思う。 バイト先の店長は三浦貴大! 文との関係が雑誌に書かれた更紗に、もっと心配している人たちの言葉を聞いてほしいと声をかける。これは最後の救いの手だったんじゃないか。そこからも離れ店から立ち去っていく更紗の表情は何を覚悟したのか。 日曜日が週始まりとすれば、今週は映画館で3本を鑑賞。全部ジャンルも違うし、集中して見るタイプなので、鑑賞にはけっこうエネルギーを使うのだが、本作が3本目でよかったと思っている。たまたま見かけた雑誌での評価が辛めだったが、そんなことはない。映画好きや小説をよく読む人には、ぜひ鑑賞してほしいと思える良作だ。 このレビューの流れでは余談になるが、私の備忘録なのでツッコミを入れたいところに触れておく。 マンションのあの高さにある部屋では、さすがに虫の声は聞こえないんじゃないか。 雑誌の記事もなんだか雑だなぁ。 最後の警察のやり方は乱暴すぎる。「ロリコン」と切って捨てられない文の事情を知っていてもおかしくないはずで、仰々しく安西の娘を保護する必要はないはず。文と更紗の視点からすると、そういう風に見えたということかもしれないけれど。

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