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ハウス・オブ・グッチ
2022年1月14日公開

ハウス・オブ・グッチ

HOUSE OF GUCCI

PG121592022年1月14日公開

つとみ

4.0

ネタバレブランドとは「宣言」である

公開からだいぶ経ってしまったけど、何故か徐々に気持ちが盛り上がって観てきました「ハウス・オブ・グッチ」。 事実に着想を得た物語、と宣言されている通り、実際の出来事とはやや異なるのだが、そんなことはどうでも良いんだよ。実際の事件から生まれたインスピレーションが、何を伝えるために改変されたのか?それこそが映画のテーマなんだから。 単純なストーリーを追えば、グッチ家の財産をめぐる裏切りの物語に見えるかもしれない。 けれど、キャラクター造形や出来事の時系列を変える事で表現されたのは「ブランドとは何か」「人は何に執着するのか」という人間描写であり、価値観への問いだった。 具体的に紐解くと、まず主役であるパトリツィアにとって、グッチとは「名声」であり「力」であり「神」である。 金さえ手に入れば良いなら、父に縁を切られたマウリツィオと結婚する意味がないし、ペントハウスや生活費を貰えるなら離婚したって問題なかった。なのに彼女はグッチに執着したのだ。彼女にとってマウリツィオとの結婚は自分が神族になることであり、グッチ家の人間とは富よりも何よりもその「力」に価値があった。 対するマウリツィオにとってグッチとは「呪い」であり、一生ついて回る「烙印」。捨ててもいつの間にかつきまとう、背後霊のような存在だ。 多分マウリツィオにはその呪いを使いこなす才能がない。呪いとは無関係に、もしくは少し遠いところで、穏やかに生きることを望んでいたはずだった。 力を手に入れたいパトリツィアと呪いから離れたいマウリツィオは、正反対だからこそある意味上手くいっていたし、ある時点からは全く反りが合わなくなった。 同じように、グッチ一族の人間それぞれがそれぞれのグッチ観、グッチに対するブランディングを持っている。 ロドルフォにとってグッチは「芸術」、パオロにとっては「夢を実現する舞台」、アルドにとっては「世界を手に入れる武器」、というように。それぞれがてんでバラバラの価値を見出し、互いの価値観が擦り合うことはない。 そして全員がグッチの価値の2番目を「金」だと思っている。だから相対したとき、相手が欲しているのは「金」だと思い込む。 互いに「お前はグッチのことなど何もわかってない」と舵取りを争い合う。 それ故にややこしいことになるのだ。 本来ブランドとは「宣言」である。我々は製品を通じてこんな価値を創造しています、と発信する意味がある。グッチにとってその宣言とは「品質と洗練」であったはずで、しかし時が経ち人間が変わることで「宣言」は薄れ、一族なのに価値観を統一出来なくなった。 全く部外者である弁護士のドメニコだけが、トム・フォードのデザインに「洗練」を見出し、「品質」を保持するために資金繰りと邪魔な価値観の排除を粛々と行った。 パトリツィアはある意味、人を見る目だけはあったのだと思う。マウリツィオを「御しやすい」と踏み、アルドの野心をくすぐり、パオロを唆し、ロドルフォの急所をついて翻意させ、ドメニコには危険を感じていたのだから。 そんな狡猾で戦略家の彼女が、なりふり構わずしがみついたのは、「グッチ」の名前だけなのだから、やはり人間の執着というのは、どうすることも出来ない絶望的な魅力なのだろう。 経営権を失い、やっと「呪い」から解放されたマウリツィオを殺害してまで、「グッチ夫人」であることを望んだのだから。 「執着」にフォーカスした人間性の考察、それこそが「ハウス・オブ・グッチ」の醍醐味であり、「宣言」を見失った組織の崩壊は、あらゆる共同体に属する人々、つまりすべての人間にとって他人事ではないことを教えてくれる。

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