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選ばなかったみち
2022年2月25日公開

選ばなかったみち

THE ROADS NOT TAKEN

862022年2月25日公開

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4.0

認知症と現実

2020年。サリー・ポッター監督。重度の認知症を患っている小説家が娘に連れられて歯医者と眼科に行こうとする一日。小説家の脳内に去来するのは、若き日に息子の死(とその後の「死者の日」の扱い)ですれちがったメキシコ女性のことと、娘の誕生を放置して取材旅行に赴いたギリシャで出会った女性のこと。小説家のなかではそれらのエピソードが現実の出来事(愛犬の死、娘の成長)と交じり合って今も進行している。そんな小説家となんとかしてコミュニケーションを取ろうとする娘が最後に見るものとは。 何だか身につまされた。傍から見たら現実認識を失っている小説家(だから認知症なわけだが)をちょっとうらやましく感じてしまうからだ。要するに、小説家は、本当は選択しなかった道(メキシコで「死者の日」に参加すること、ギリシャで若い娘を船で追跡すること)を「現実」として遂行している。その道は夢のようにうまくいくわけではなく、まさしく現実のようにうまくいかないのだが、うまくいかないことこそが現実的なのだ。誰とも共有できないものの、小説家は3つの現実を本当に同時に生きている。これが認知症だというのならば、不謹慎は承知のうえでちょっとうらやましく感じられないだろうか。 もちろん、ここには他者との交流がまったくない。娘の献身はすべて徒労である。だからこそ、最後に一筋の可能性として、娘の現実も2つに分かれる可能性が示されている。娘の現実が父の現実とどこかで交じり合う可能性はあるのだろうか。

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