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スープとイデオロギー
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スープとイデオロギー

1182022年6月11日公開

tah********

5.0

ネタバレたくさんのテーマが盛りだくさんで心を激しく揺さぶり、同時に考えこんでしまう映画

監督のご家族をテーマとする連作の新作だそうですが、私は全く観ていなくてこれが監督の作品の初見です。 映画館で予告編を観て、そしてYouTubeのレビュアーさんの評価が高くてその薦めに背中を押されて鑑賞しました。 しかしこれは…。 ドキュメンタリーとしても素晴らしいのに、映画としてもあまりに劇的で…。 なんとも言葉もない。 これがドラマではなく事実であり、それを経験した女性が現に大阪に居て闘病中で。 なんという人生か…。 第二次世界大戦後の済州島で起こった大虐殺について私は全然知らなかったと思い込んでいましたが、映画を鑑賞後に思い出しました。 司馬遼太郎さんの「街道をゆく 耽羅紀行」で司馬さんが触れていて、私は読んでいたのに忘れていたのです。 映画を観てから同書を読み直してみましたが、忘れていても当然、少ししか触れられていないのです。 司馬さんが済州島を訪れて同書を刊行したときはまだこの事件についてはタブーだったらしく、「韓国人が事件について黙していることを外国人の私がくだくだしく述べるのは控えたい」というような理由からのようです。 その大虐殺を少女時代に目撃したことが監督のお母さんの人生の根幹を決定づけ、日本に逃れてきてから大韓民国の国籍を拒否して北朝鮮籍となり、故郷でもない「朝鮮民主主義人民共和国」に人生の全てを捧げ、帰国事業により息子たちを北に送ってしまうことになる。 内心では金日成体制の過ちに気付きながらそれを認めてしまうと自分の一生を全否定することになってしまう。 なんという悲劇。 しかしこのような人は監督のお母さんだけじゃない。 在日コリアンのほとんどが南朝鮮、つまり韓国がルーツなのに多くの人が北朝鮮籍を選択したのは、戦後の韓国政府に対する不信感から。 ことに済州島から逃げてきた多数の在日コリアンは大虐殺により韓国政府を信じられなくて北の国籍を選んだそう。 しかし彼らはその北からも裏切られてしまう。 このように「イデオロギー」に翻弄されたひとりの女性、しかも自分の母親を描くことで朝鮮民族全体の悲劇を描くという稀有なことをやってのけている。 それだけじゃなく、日本社会における在日コリアン、とくに北朝鮮籍の人たちがなぜあの体制に従うのか、その心情の一端に触れられたような気がする。(それについては監督の過去作を観ればもっと理解できるのだろうが) そして案外と知らない、子供はわかっているつもりでいた親の人生を知るということについても考えてしまう。 そして母親の認知症の進行、もしかしたら監督のお母さんのようなあまりに辛い人生の人にとっては、認知症は「救い」なのかもしれない、などとも思ってしまう。 北に送ってしまってもう会えない息子たちがすぐ側で暮らしている、亡くなった夫もちょっと散歩に行ってるだけ、という妄想の中にあるのは救済、やっとお母さんは平安な暮らしを手に入れたのだ。   ともかく観た後でこんなに考えこんでしまう映画は滅多にない。

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