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戦争と女の顔

DYLDA/BEANPOLE

PG121372022年7月15日公開
戦争と女の顔
3.4

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(9件)


  • nob********

    4.0

    赤と緑が悲しくつらい

    原案の「戦争は女の顔をしていない」は文庫化されても怖くて手に取れなかった本ですが、新聞の映画評を読んで意を決して観賞。 原色の赤と緑が全編を通じてこれでもかと印象的に使われています。 病院の緑の壁とパーシュカの赤いセーター のっぽのイーヤのセーターは赤も緑もある マーシャとサーシャがアパートの壁に塗りたくる緑のペンキ マーシャの鼻血 マーシャが着る借り物の緑のワンピース おそらくはこの映画では赤は血の赤で戦争の傷跡、緑はどちらかというと新生とか希望の色と思われ、ポスターでも緑の手が赤いセーターのイーヤの口を塞ぐ場面が使われています。 マーシャがサーシャの実家の豪邸に行くと母親がロシア貴族のように白い優雅なボルゾイ犬と散歩しており、党幹部?らしき別世界の生活が描かれている。彼女らの苦しみを理解しえないであろうサーシャ一家の前で、成行きから偽悪的に戦場体験を語るマーシャはまた鼻血を出す。目にも鮮やかな女性らしい緑のワンピースをまとっているのに、ここでも戦争の傷跡が隠しきれないのが悲しい。 原題は「のっぽ(英語beanpole)」で、イーヤはスーパーモデルサイズ。ネット情報では182㎝とのことですが、異様に大きくみえます。多分そういう演出をしたり、他の役者さんの身長を抑え気味にしているのかもしれない。ヌードになる場面もあり、肢体の美しい女優さんですが、この映画では、無口で表情も抑えており、でくの坊の悲哀というか、壊れてしまった人形のような物悲しさを感じさせる演技でした。

  • nn1********

    5.0

    一口寸評

    舞台は1945年、終戦直後のレニングラード(現サンクトペテルブルク)。 当時の街の情景や、全裸の女体が犇めき合う大浴場など、時代の再現性にまずは唸る。 PTSDを患っているノッポの帰還兵イーヤ(190㎝位?)は、預かった男の子を誤って死なせてしまう。 直後に、その子の母親で戦友のマーシャがドイツから傷ついて帰ってくる。 心身ともにボロボロになった二人は、何とか生きる希望を見出そうとするが…。 彼女らが働く病院では、傷痍兵が次々に安楽死を懇願した。 今般の戦争終結後、再びこの状況が繰り返されてもプーチンは見て見ぬふりをするだろう。 監督は名匠ソクーロフに師事していたという。 新人のヒロイン二人のクローズアップは、まるでフェルメールの絵画から抜け出てきたように美しい。 これほど切ない3P(まがいの)シーンを、誰が見たことかあるというのか。 今話題の「戦争は女の顔をしていない」が下敷きになっているにせよ、映像的にもシナリオ的にも、ドラマツルギー的にも、とりあえず現在のマイベストワン作品である。

  • Dr.Hawk

    3.0

    ネタバレ戦争における本当の敵とは、軍部を維持するために命令を下す外道だと思う

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • りゃんひさ

    5.0

    ネタバレふたりの確執の背景は、戦争の傷跡だけではないのかもしれません

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • wxj********

    3.0

    ネタバレ傷付いた女性たちの破滅と奮闘

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • 高橋 延治

    3.0

    戦争で「壊れた」女たち

    病院のシーンから始まるが、混乱がないことから野戦病院ではなく、後方または終戦間近/後だろうと想像できる。そこに看護師として働く傷病者(頭部損傷を受けてるとの解説があるが、画面では説明がない)と、軍から帰還したもう一人の女性との歪んだ友情物語。 ・・・と、理解するまで時間がかかった。 自ら殺してしまった後ろめたさの反動もあり、子供を授かればこの閉塞状況から抜けられるのではないか?・・との希望を持ち、いろいろ試行する過程は、痛々しくて悲しくなる。 いろんな意味で「女を捨てて」戦場で生き残った二人が、「女の喜び」(懐妊や結婚)を模索するが、やっぱり無理だった・・と言う悲しい話。正直「希望」とは無縁の結末に気が重くなるし、だからと言って「戦争の悲劇」を強調した反戦映画でもない、この二人に答がないように、見てるこちらも暗澹たる気持ちになった。

  • c********

    5.0

    現代のロシア社会と日本社会の精神性の違いについて

    例えば「世界映像オリンピック」のような企画があったとする。 一つのテーマを決めてそれをモチーフに世界各国で映像化して各国の国民の感性の違いを確認し評価を競い合うようなイベントだ。 今回のテーマは「女性兵士」 これがテーマだ。 ロシア代表作品が「女性の顔と戦争」だとしたら 日本代表作品は「ストライクウィッチーズ」だ。 「ストライクウィッチーズ」にはサーニャというキャラクターがいる。 サーニャは第二次世界大戦の時に実在したソ連の女性兵士がモデルになっている。そしてサーニャは現代の日本人の若者によって萌えの対象になりキャラクター商品化され日本人男性のマスターべーションの対象になっている。 第二次世界大戦の満洲では敗戦時にソ連兵士に性の道具として差し出された日本女性がいる。それは悲しい出来事だが75年以上昔の話だ。 もしその当時ソ連兵士に差し出された日本女性を現代のロシアの若者がキャラクター商品化して現代のロシアの男性がマスターベーションの対象にしていたらロシア社会や日本社会はどのような反応を示すだろうか。少なくともロシア社会はそのようなことを許すことはしないだろう。 これが現代のロシア社会と日本社会の精神性の違いである。 別に私はその実情を憂いて現代の日本人の精神性を批判しているわけでは無い。私だってサーニャは可愛いと思う。 でも現代のロシア社会と日本社会の精神性の違いを認識していないとロシアと日本はいつまでたっても友人にはなれないと思う。 この映画「女性の顔と戦争」の中でマーシャという女性兵士が車の中で童貞の男性と性行為をするシーンがある。そのシーンの中でマーシャは自分の下着を少し脱いで相手の男性を挑発するような場面がある。 「ストライクウィッチーズ」という作品をご存じの方には言うまでもないが「ストライクウィッチーズ」に登場する女性キャラクターは下着が丸出しである。ソ連の女性兵士がモデルのサーニャも下着が丸出しである。 「女性の顔と戦争」の中のマーシャの下着と「ストライクウィッチーズ」のサーニャの下着の違いが現在のロシア社会と日本社会の精神性の違いであると私は思う。 何度も言うが私はそんな日本人の精神性を憂いて批判する気持ちは全くない。 私の中ではマーシャの下着もサーニャの下着もどちらも認めている。 ただし私には「恥」の概念があるのでサーニャの下着姿を商品化して性の対象として見ることを許容している日本社会に対してロシア社会が友好的な気持ちにはなれないだろうという思いはある。 だから私は「北方領土を返せ」なんていうことは恥しくて言えない。 今の日本人が「北方領土を返せ」とどんなに叫んでも説得力などゼロでありそれはとても恥ずかしいことであると私は思う。 繰り返し言うが私はそんな日本人の精神性を憂いて批判する気持ちは全くない。日本人は好きなようにすれば良いのである。 でもロシアが怒りのあまり日本に核爆弾を落としても私は文句を言う気持ちにはなれない。

  • xeno_tofu

    4.0

    ネタバレ女同士の歪な友情。背景としての「戦争」は描き切れた?

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • jih********

    5.0

    戦争

    第二次世界大戦後、戦地で闘った女性2人がレニングラードに戻ってからの過酷な物語。 暴力、安楽死、嫌がらせ、、、 見応えたっぷりの2時間ちょっと、必見!

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