沖縄久高島のイザイホー
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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(1件)


  • 伊佐山部長

    5.0

    これはノリに乗って見る映画である

    椅子にジッと座って、大人しく見ていると、まず間違いなく眠たくなる映画である。 では、神楽のリズムに身を任せ、出来れば、小刻みに体を動かしてみたら、どうか? 人によっては、軽いトランス状態に陥るのではなかろうか。 この感じ、何かに似ている。 そうだ。レイヴ・パーティーだ。あの徹夜の狂騒だ。 もちろんレイヴ・パーティーに宗教色はない。ただのダンス・パーティーに過ぎないのだが。 「神楽の心臓は打楽器である」と、ずっと私は思っていた。打楽器が刻むリズムこそ、舞い手の発電機であり、モーターであり、コントローラーでもあると。 「打楽器の無い神楽は、大きなハンディ戦になる」とも思っていた。 ところが、沖縄・久高島の神楽「イザイホー」では、打楽器は、ほとんど出番がない。アカペラ・コーラスとハンド・クラップだけで正確なリズムを刻んで行く。 指揮者がいる訳でもないのに、どんどん盛り上がって行くグルーヴ感も凄い。 ユニゾンだけの神楽もある一方で、複雑なポリフォニー構造を持つ神楽もある。歌の部分だけ取り出しても、まるでブルガリアの女性民族コーラス団のようである。 一体、この人たちは何者なのか。 よほど、みっちりリハーサルをやっているのか。それにしたって、ダンスにも音楽にも適性と言うものがある。小学校のホームルームみたいに 「みんな仲良く全員参加」と言う訳には行かないはずである。 「あなたのように、神楽を音楽批評風に取り扱うのは邪道だ」と言われたら、返す言葉はない。 確かに、この映画を見ていた2時間の間、自分に何が起こったのか、実は、うまく言葉に出来ないでいる。 「大きな画面で見た迫力は凄かった」とだけ、言っておく。 この映画の劇場公開のチャンスが、次は何時になるのか分からない。 「大きな画面で見るチャンスを、みすみす逃すのは、大きな機会損失である」と、重ねて言っておきたい。

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