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階段通りの人々

階段通りの人々

A CAIXA/BLIND MAN'S BLUFF/LA CASSETTE

96

UBUROI

5.0

ネタバレ階段のある街の中には全てがある

冒頭からして音楽の使い方に驚く。日の出前の薄暗い階段のふらふらになって上っていく夜警警官の後ろ姿、明るくなると老婆は舗道に立ったまま小便をし、居酒屋の主人が店を開け疲れ切った警官にワインを恵むのどかな朝が訪れる。そのとたんにハチャトリアンの「剣の舞」が始まり、階段を忙しく行き交う群衆シーンがしばらく続くのだ。そんな朝のラッシュアワーが過ぎてゆくとそこの残された貧しい暮らしのつましい物語が始まるのである。動と静のコントラストをいかしたこれほど見事はドラマの始まりをわたしは知らない。さて、そのドラマだが、社会の底辺に住むような人々の交流をほほえましく描くかと思えば、ブニュエルの『忘れられた人々』を思わせるような冷厳な視線をも忘れていない。さらに、貧しい人々が抱え持つエロティシズムをも忘れずに描いている。盲目の老人は、ゴムひもを売りながら恵みの箱への施しを期待している。老人は施しをくれた女性の記憶を忘れない。現実に、赤いミニスカートと黒タイツの妖艶な女が現れ、三枚の硬貨を箱に入れていく。人々はうらやむのだ。箱とはなにも労苦せずにお宝を集められる魔法の装置なのである。かつてその箱が盗まれたことがあり、そのことで老人は娘に非難されている。娘のぐうたら亭主も同様だ。箱を開ける特権はこの亭主が持っているからだ。しかし、事件とは繰り返されるもの。居酒屋の客に美しいギターを奏でる老人がいる。この老人が亭主にむけて「アヴェ・マリア」を弾いてくれる。そこに事件が発生するのだ。まるで、ルノワールを思わせるような優雅さで事件は起き、急激に悲惨な方向に転がっていく。ぐうたら亭主のナイフによる殺人と老人の自殺へと。事件を目撃するアメリカ女性は、階段の街の風景を写生している、その事件の最中を。ただし最後まで絵は見えない。偽盲目の男と子どものペアというのも登場する。これは階段の上から。子どもがやはり施し箱を持っており、盲目の男が歌う。亭主はすぐに、奪ったのはこの子どもかと攻め立てるのだ。アメリカ人女性は階段の下にいて絵を描き、偽盲目の男は階段上から事件に巻き込まれる、このような対比を天才的というのだろう。

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