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かくも長き不在
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かくも長き不在

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE/SUCH A LONG ABSENCE

98

とみいじょん

5.0

忘れえぬ…

私にとって、生涯かけて忘れえぬ、大事にしたい、後世に伝えたい名作の一つ。 テレーズにとっては、大事な人。 そして、男にとっては…。 記憶喪失となっても、なお、蘇る記憶。 なんということか。心臓がえぐり取られたような感覚になる。 『かくも長き不在』 心の寄りどころ。自身の核となるもの。 だが、長い長い時を経て、その実体が陽炎のようになる…。 そこにあるようでないようで。 そこに、自分がいるようでいないようで…。 新たに与えられた名前とID。取り戻せぬ記憶。アイデンティティの喪失。 戦争が終わったというのに、ゲシュタポに連れ去られたまま戻らぬ夫。 待ち続けて16年。 女一人で生活の糧も得て、それなりの安定も得た。 自分に思いを寄せる新しい人もいて、その人と一歩踏み出そうとするその時。 「眼差しが夫だわ」 親類さえも「違う」というのに、テレーズは確信する。 最愛の人を忘れ、新しい人と一歩を踏み出そうとする自分を打ち消すかのように。 最愛の人の中に、自分自身ー長い失った時を取り戻そうとするかのように。 そのテレーズの散り乱れる想いを丁寧に追う。  確かめようと次々に図る計略。  狂信、弱気…。  その必死さが、滑稽にも、醜悪にも見えながらも、その心の揺れ動きに胸がわしづかみにされる。その一途さ。テレーズの内から輝きだす美しさ。   そんなテレーズにプライベート空間まで侵入されつつ、訳が分からない状態に困惑しつつも、優しく応じる男。 そんなテレーズを心配し、一緒に真偽を確かめようとする人々。   共に暮らしていても、新婚の頃とは変わる体形・好み・性格…。 何をもって、同一人物とするのか。 16年の空白が残酷に横たわる。 果たして、男は夫なのか? それを確かめる過程がなんとも格調高くロマンチック。 すぐにキスしてベッドインする今の人たちからしたら、まどろっこしいかもしれない。  お互いを探り合いながら、少しずつ間合いを詰める男女。  オペラ。シャンソン。  ディナー。お礼の贈り物。正装。  ダンスのホールド。  親切にされたからといって、その優しさに付け込まない矜持。  教養人たる佇まい。 全編を通して、泣かせようとする演出はない。 淡々と撮っている。 テレーズの豊かな表情に対して、男の表情はあまり変わらない。 でも、よく見ると、日々の中で小さな幸せを見つけている様、周りを窺う様、怯える様、好意をどう受け止めていいのか、わざと距離を撮っている様等、とても細やかに表現し、それらを丁寧に紡いでいる。 そして…。 もうだめかと思ったその瞬間の衝撃。否、戦慄。 それからの展開…。 それまで静かに進んでいた物語が、雷が落ちたかのように一変する。 こんな経験をする人を作ってはいけない。 心に誓う。

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