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かくも長き不在
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かくも長き不在

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE/SUCH A LONG ABSENCE

98

fuj********

5.0

映画は映画館で観ないと

反戦を訴えたければ戦争そのものを描いてはならない。 これって常識だと思っていたんですけど、違うんですかね。 若い頃に触れた考え方で、咀嚼し飲み込むまでに時間がかかりましたが、 すでに私の血となり骨となっている。 戦争を直接描けば、その一部なりとも認めることとなってしまう。 例えば兵器には機能美があり、抗しがたい魅力を放つ。 あるいは猛々しい戦闘シーンには、一定の高揚感が認められたりする。 従って戦争を完全に否定するためには、 戦争そのものの描写を一切排除することが不可欠となる。 極論ですけどね、突き詰めて考えればそうなる、ということ。 『かくも長き不在』は、その好例とされる映画史に残る一本。 ナチスから解放されて久しいバカンス期のパリを舞台に、 戦争が何と無残に人々を引き裂くか、余す事なく炙り出す。 幾重もの謎を秘めて物語は静かに進行する。 小さなカフェの女主人は、なぜバカンスに乗り気でないのか。 閑散とした街に突如姿を現した浮浪の男は何者なのか。 やがてカフェの女給が男を指して呟いた一言が、事態を一変させる。 「あの人、警官が怖いのよ。」 男には記憶がなく、名前すら定かではない。 女主人は男の後を追い、歩いて、歩いて、歩き続けて、 ついに河畔の粗末な塒を突き止め、男をジッと見つめ続ける。 この「見つめる」という行為自体が極めて映画的だ。 主演アリダ・ヴァリの刺すような強い眼差しに導かれ、 観客もまた男の顔を、手を、一挙一動を、眼で追い続けずにはいられない。 この人物は本当に、生き別れた夫なのか、と。 終盤、女主人は男を自分のカフェに招き、本格的なディナーを振舞う。 男の好きなオペラを聴き、思い出の曲で一緒にステップを踏み……。 昨今の丸出し演出に慣れた目には、随分と抑制的な表現と映るかな。 私が本作で最も気に入っているのは、この場面の裏の展開。 素性の知れない浮浪者を自宅に招いた女主人を気遣って、 近所の人たちが皆んなでこっそり様子をうかがっているところ。 まるで落語に出てくる長屋の面々といった風情だ。 パリっ子にも人情がある。 言葉や文化が違っても、人間は深い根っこの部分で繋がっているのだ。 だが皮肉な事に、この人情が最終局面でアダとなる。 果たして男は記憶を取り戻すのか。 女主人の願いは、即ち観客の願いは天に届くのか。 サスペンスは最後の瞬間まで持続する。 男の身に一体何があったのか、誰の目にも明らかになっていく行は 一種のダブル・クライマックスを形成し、畳み掛けるように感情を揺さぶる。 下手に回想など挟まないのが上策で、本作の価値をグンと押し上げている。 私の中ではトップ10の第二席を占める大切な作品。 今回初めて、映画館の大スクリーンで観る機会を得た。 お終いの方では身体に震えがきてアワアワとなってしまった。 TVサイズでは何度か観て、結末も何もかも分かっているはずなのに。 やはりスクリーンで観る効果は絶大である。 映画は映画館で観ないと、死ぬ。 その思いを強くした、本年弥生上旬の得難い体験であった。 チャンスをくれた池袋の名館に感謝。

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