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悲しみよこんにちは

悲しみよこんにちは

BONJOUR TRISTESSE

94

moe********

4.0

悲しみという言葉に凝縮するには余りに残酷

【悲しみよ さようなら  悲しみよ こんにちは  天井のすじの中にもおまえは刻みこまれている  わたしの愛する目の中にもおまえは刻み込まれている  おまえはみじめさとはどこかちがう  なぜなら  どんなに貧しい子でも  ほほ笑みながら  お前を見せてくれる  悲しみよ こんにちわ  ただ燃えるだけの肉体の愛  その愛のつよさ  だけどからだのないお化けのように  希望に裏切られているお前の悲しみ  美しい顔よ】(ポール・エリュアール「直接の生」) この美しい詩を引用しているこの映画、主人公セシル役のジーン・セバーグがとても魅力的だ。 17歳のセシルは良くも悪くも開放的な父レイモンとの2人暮らし。 裕福な彼らは身の回りの事は使用人がやり、毎日パーティに明け暮れ、なんら縛られることのない気ままな生活をしている。 ある夏、セシルとレイモン、レイモンの若い愛人エルザの3人で海辺の避暑地で過ごすことに。 そこにレイモンが気まぐれに招待した亡き母の親友アンヌが現れ、彼女はセシルたちに秩序や品行方正な振る舞いを持ち込もうとする。 初めは新鮮に感じていてアンヌを愛したセシルだったが、レイモンがアンヌとの再婚を切り出すと徐々に窮屈さを感じ始める。 年齢の割には大人の悪い付き合いの中に染まり、せつな的なセシルをアンヌは厳しく指摘するようになり、レイモンはアンヌの言いなり。 エルザも去り、これまでの気ままな生活が終わり、更に父の心までアンヌに独り占めされると感じたセシルは彼女を追い払う計画を思いつき、実行する。 しかしこの計画は思わぬ方向へ向かい、結果、最悪な結末を迎える。 以来セシルの心にはぽっかりと穴があいたようになるのだが、そこで「悲しみ」という感情表現をするといささか自己陶酔のように思えてくる。 不安定な年頃に気まぐれに実行してしまった計画。 人の気持ちを推し量るにはセシルはまだ幼いのだ。 どんなに大人ぶっていても、どんなに物知りな振りをしてもセシルは孤独な、想像力の欠如した、残酷な、でも愛したい気持ちに溢れていた、そんな子供でしかなかったと、ラスト近くでは改めて気付かされる。 映画ではその事件の1年後から回想するような手法となっているが、1年たってもやはり自己陶酔にいる子供のセシルがそこにいる。 悔恨の念とさみしさと虚しさを味わいながらもあれは偶発的な出来事だったと信じさせてくれる、と自分を慰めている。 しかし、そんなセシルもまた当然なのだ。

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