カンタベリー物語

I RACCONTI DI CANTERBURY/THE CANTERBURY TALES

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カンタベリー物語
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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(3件)


  • 一人旅

    3.0

    「生の三部作」の二作目

    第22回ベルリン国際映画祭金熊賞。 ピエル・パオロ・パゾリーニ監督作。 「生の三部作」の二作目で、『デカメロン』と『アラビアンナイト』の中間に位置する作品。 他の二作同様、人間の根源的な生と性を寛容な眼差しで描いている。だが、似たような作品の三本目の鑑賞だけあって他の二作との違いが正直分からない。舞台がイタリアからイギリスに移ったこと、作家チョーサー役にパゾリーニ自身が扮していることが特徴。 8つの短い物語に分かれたオムニバス作品だが、8つ目の物語はフェリーニのような映像世界で、それまでの7つの物語のイメージを覆すものだった。

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    5.0

    あまりに即物的な

    1971年。ピエル・パオロ・パゾリーニ監督。イギリス中世の詩人チョーサーの同名短編集からいくつかを映画化。喜劇的な風刺劇として当時の性風俗や宗教的・政治的権威のパロディとして楽しめます。しかしもっとすごいのは、パロディなら元にある権威や常識を「意識」してそれらに反発するなり茶化すなりするのですが、ここにはそれがまったくない。意識の世界ではない。 だから同性愛や姦通や異常な性欲を描いてもまったく「エロ」ではない。性器そのものが写っている裸体がたくさん出てきますが、そこに性的な意味や隠微な心情や恥ずかしさはない。美しささえない。それらは「言葉」や「おなら」や「おう吐物」などと等価な「モノ」でしかありません。ただの身体の一部。だからまったく「エロ」ではない。ボカシがないも当然です。 代わりに美しいのは朝日であり自然の緑でありうごめく群衆の姿です。なにかとてつもなく即物的な、ずしんと重いものに触れてしまった感じ。すごい映画だ。

  • 5.0

    いまある天国

    83点 8つのお話をまとめた映画。 その物語はどれも小咄といった感じで、笑いのための演出で描かれている。 が、パゾリーニ映画だけあって、ただの笑える映画ではない。 「快楽にこそ喜びがある」 「学者に賢人はいない」 「聖書は処女をまもれとは言ってない。道具は使うためにある」 「硬直したり柔らかくなったり、快楽は永久なり」 といった快楽主義への誘いのニュアンスに全体が満ちている。 7つめの話では、「金」=「未来への幸福の預け」=「現在の喜びへの軽視」=「死」といった刹那主義のニュアンスも感じた。 快楽、刹那、つまりは人の官能を讃えた物語だ。 しかし、官能を讃えるということは官能の衰え、つまり「老い」という絶対的悲劇を、残酷にも証明してみせることでもある。 老いた人が馬鹿をみて、若い人が愉しむ、という構図がこの映画にはなんどもあらわれる。 7つめの話、世界中を旅しても若返る方法をみつけることができなかった老人の歎きに、「老い」という悲しみへの感は極まっている。 人にあたえられた若さという祝福、老いという呪い。それを一点のあまさもなくこの映画は描いている。 そして最後、笑いと恐ろしさの間のニュアンスで表現された地獄絵図には「勤勉、良識、善人、悪人、そんなことはどうでもよく、人の生を愉しまなかった者は地獄に堕ちる」といった言葉を投げかけられたような気持ちになった。 あくまでそれは自分の観方であって、パゾリーニの映画はニュアンスばかりで論理はめったにあらわれないから、観る人によってだいぶ印象は変わるだろうと思う。 パゾリーニ映画を初めて観る人は、論理的にこの映画を観ようとして疲れてしまうと思う。構えず考えず、ただ眺めるだけという観方をオススメします。 官能至上主義なところがある自分には、この映画はとても性にあった。 自分のなかでは「ベニスに死す」の姉妹編ともいえる傑作。

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