ガンファイターの最後

DEATH OF A GUNFIGHTER

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ガンファイターの最後
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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(7件)


  • beautiful_japan_

    4.0

    シュールな西部劇

    舞台は、テキサス州のコットンウッド・スプリングスという町。銃の腕は立つが昔気質の保安官フランク・パッチ(リチャード・ウィドマーク)は、町の人々から嫌われている。町のことをよく知っており、人々の秘密を握っているからだ。 他のレビューでも触れられているが、監督のアラン・スミシーは架空の人物名。何らかの問題があって、監督名を出せない(出したくない)時に使われる名前だが、本作がアラン・スミシー名義が使われる最初の作品として有名。 銃撃戦や西部の町の生活が描かれているが、登場人物の人間関係や心理描写がメイン。 パッチに辞職を迫る郡保安官のルー・トリニダッド(ジョン・サクソン)は、メキシコ人にもかかわらず差別しなかったパッチに取り立てられていて、恩義を感じている。パッチを評価する者もいて、人々の思惑は複雑。 衝撃的なラストシーンは、とても切ない。パッチの心情がよく分からない。

  • stanleyk2001

    3.0

    アラン・スミシーデビュー作

    『ガンファイターの最後』(Death of a Gunfighter)1969 アラン・スミシー監督デビュー作というのは冗談だけど。元々ロバート・トッテン監督で撮影を開始したが主演のリチャード・ウィドマークと衝突してトッテン監督が降板。ドン・シーゲルが後を引き継いで完成させたが「映画の大半はトッテンが撮影したから」と監督としてクレジットに乗ることを拒否。そこで映画会社がアル・スミスという架空の名前を監督にしようとしたらなんと実在したのでアラン・スミシーという名前にした。 その後製作過程でトラブルがあって監督が名前を出すことを拒否した場合は「アラン・スミシー監督作品」が生まれることになったそうな。 閑話休題。 さてこの作品はというと、確かに揉める要素はあるなと思われる。何かというと暴力でカタをつける主人公。「街の近代化の為には保安官は邪魔だ」というよく分からない理由で保安官を辞めさせたい街の有力者達。 どちらにも全く共感できない脚本。フロンティアの消失を描きたいわけでもなさそうだ。 かつての弟子であった郡保安官も出てくるが法的根拠もなく主人公に、退職を促し鉄拳を喰らう。 この映画で図らずも現れたのはマチズモの有害さだ。法律による支配が確立していない西部劇の宿命だ。力による支配を倒そうと別の暴力が立ちはだかる。虚しい暴力の連鎖。 そこまで徹底的に描いていたら傑作になってたかも。

  • kat********

    3.0

    リチャード・ウィドマークがシブい

    アラン・スミシー監督。 この監督は実在せず「アメリカで、映画制作中に映画監督が何らかの理由で降板してポストが空席になったり、何らかの問題で自らの監督作品として責任を負いたくない場合にクレジットされる偽名である。」(ウィッキ調べ) だそうです。 そんなクレジットもあるんだ? 主演は、リチャード・ウィドマーク(当時55歳)、「襲われた幌馬車」(1956年)で見知った俳優さん。 作品はやや不条理な感を押し付けられます。 主人公ももう少し事態を説明すれば誤解されずに居られるのに態度を硬化させるもんだから… と少しイラっとさせられてしまった。 まっ、古い男を描いた映画って事ですかね? リチャード・ウィドマークがシブく格好良かったです!

  • tom********

    2.0

    ネタバレ後味悪い西部劇

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • NUG

    2.0

    この保安官

    気短すぎ。

  • 一人旅

    4.0

    発掘良品を観る #602

    TSUTAYA発掘良品よりレンタル。 ロバート・トッテン&ドン・シーゲル監督作。 アメリカの作家:ルイス・B・パットンの「Death of a Gunfighter」の映画化で、リチャード・ウィドマークが四面楚歌となっていく保安官を演じます。 昔気質の保守的な保安官が、彼のやり方に反発する町の有力者らによって徐々に追い詰められていくという異色の西部劇で、鉄道が開通し産業が発展した時代において、旧い価値観のもと町の平和を守り抜いてきた保安官と彼を“用無し”とばかりに排除しようとする町の住民との対立のゆくえを描いて、西部開拓時代の終焉と人間のエゴを悲劇的に浮かび上がらせています。 悪役のイメージが強いリチャード・ウィドマークが不当な扱いを受ける老保安官をゆだるような暑さの中に妙演していて、その顔貌は時々ゲイリー・オールドマンに見えることがあります。 蛇足) クレジット上の監督はアラン・スミシー名義ですが、これは撮影中に主演のウィドマークと監督のロバート・トッテンが対立し、途中から監督がドン・シーゲルに代わったためで、両者ともクレジットに名前が表記されることを拒否したため、架空の名前である“アラン・スミシー”が使われました。

  • iro********

    3.0

    ちょっと、ん?

    な西部劇作品だと思います。 定番の悪を始末する、ではなく違った試みを してる作品です。 爽快な西部劇でないが、これはこれでオッケー。 地味な仕上がりってとこでしょう。 3.1点~

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