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評決のとき (1996)

A TIME TO KILL

監督
ジョエル・シューマカー
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  • みたログ 2,074

4.30 / 評価:496件

問題作だと思います(長文)

  • lkj***** さん
  • 2019年8月26日 21時38分
  • 閲覧数 786
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

この映画がまずいのは、たとえ人種差別と戦うという大義名分があろうとも、裁判の論点とはずれている説得により陪審員が感化され、容疑者が無罪になり、それを称賛するかのような流れになってしまっていることです。

もしこれをOKとしてしまうと、弁護士のうまい言葉だけで裁判が決まってしまい、裁判制度は崩壊するでしょう。白人の娘が乱暴されたどう思うか、という弁護士の説得は、今回の事件の決定打にはならないのです。事件の焦点は、殺害時に心身を喪失していたかどうかの一点だったはずなのです。娘に乱暴されることと、心身喪失するかどうかということは全く別の問題なのです。

そしてこの作品で一番まずいのは、私の視点だと、容疑者が心身喪失していたようにはみえなかった、ということです。乱暴が起きた直後から、殺人事件に至るまでの容疑者の様子を見る機会が視聴者にはありました。

もし容疑者が、本当に怒り狂ってしまい、意思疎通が全く通じず、明らかな狂人になってしまっていて、心身喪失してるように見えたのなら、物語の結末にもそれなりに納得することができたのです。しかし私から見た容疑者は、殺人を無罪とできるほどの喪失状態にあるようには見えず、激しい怒りの中にも、判断能力は残っているように見えました。監督がわざとそのように撮ったのか、それとも演技力、技術力不足で心神喪失状態を表現しきれなかったのかはわかりません。

しかし、もしあの程度の精神状態で無罪になってしまうのなら、復讐殺人はほとんどが無罪になってしまうでしょう。

つまり私から見たこの映画は、最初にも書きましたが、明らかに有罪である黒人の犯人を、真実と直接関係があるとは言えない内容で陪審員をあおり、無罪を勝ち取ってしまい、しかもそれを称賛するという問題作だったのです。

これでは逆に黒人が差別されかねない内容だと思いますし、裁判映画としてもまずい映画だと思います。このまま歴史に埋もれるべき作品だと思います。

詳細評価

物語
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