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北国の帝王 (1973)

EMPEROR OF THE NORTH/EMPEROR OF THE NORTH POLE

監督
ロバート・アルドリッチ
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  • みたログ 241

3.89 / 評価:101件

馬鹿満載映画(良い意味で)

  • kfe***** さん
  • 2019年9月15日 11時28分
  • 閲覧数 518
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

1930年代前半、大恐慌の最中のアメリカには、奇妙な人々が存在した。貨物列車に無賃乗車しつつ、仕事を求め大陸をさすらう人々である。彼等はホーボーと呼ばれ、その「ある意味」自由な生き様に作家やミュージシャンが注目し、関連作品なども出されていたりする。本作はその伝説的ホーボーと、無賃乗車を絶対に許さない鬼車掌の対決を軸に物語を展開させるのだが、その様はいい意味で馬鹿さ加減満載である。

本作の主人公であるエースは、一応の理由として効率的な物資の確保の為に、あるいは鬼車掌に倒されていった仲間の仇をとる為に、あるいは難事への挑戦という目的をもって、鬼車掌の列車に無賃乗車を繰り返している。のだが、いかなる大義名分を用いようが、やっていることはやはり無賃乗車そのものであり、エースがいかに知恵を絞ろうが、勇敢さを示そうが、どうにも素直に格好がいいとは思えないのである。合理的に考えれば、物資を得るためだけなら、もっと簡単な列車をつかまえても良いのだし、難事に挑戦したところで、仲間の無念は多分はれない(死者の意思など確認のしようがない。生者が勝手に無念が晴れたと思うだけである)。

またそれは鬼車掌についても同じことで、彼はエース一人を葬るために部下に無茶苦茶な命令を出し、負傷者を出し、果ては肝心要の列車の運行にさえ支障を来たす。車掌の仕事が運行を含めた列車全体の管理である以上、これはもう完全なる職務怠慢、否、職務放棄である。職務を全うする為にはキセル野朗など無視して、列車の運行に全力を尽くすべきであろう。ヒモ付き警棒で床下の敵を遠隔攻撃して、有頂天になっている場合ではない。

しかし、上記二名はあくまで相手を打ち負かす事に、排除する事に全力を尽くす。そこにあるのは、「俺のコダワリ」を何が何でも貫こうとする意地だけである。いわゆる「男のロマン」である。その「男のロマン」のない人間の典型が、エースを倒そうと付けねらう若造で、目的を達せする為なら手段を問わず、態度も平気で二転三転させる。現実的には、生き残る為にはそれが最善なのだろうが、その余りにクズぶりには、正直閉口してしまう。多分、あれに共感できる人はそうそう居ないはずである。居たら困る。

極端なロマン主義者と極端な現実主義者。言っては失礼だが、その両者に共通するのは「何を考えているんだこいつらは」等という、冷めた感想である。彼等は自分のやり方にこだわる余り、自分の姿を客観的に見ることを完全に忘れている。極端さは視野を狭くし、道を誤らせ、破滅を招くだけである。

本作はそんな馬鹿な人達の見本市である。そして、極端に振り切れてしまった人達の見世物小屋でもある。一面の真実として、極端なもの、普通と余りに違うものには人を惹きつける力がある。上記のような理屈をこねなくとも、本作は奇人・変人ショーとしてみる価値が十分ある(数年前に流行った『セッション』と似た様な構造である)。そしてまた、極端な人達は滑稽である。

上記の通り、本作は冷めた作品である。見る側には遠い星の出来事を見るような距離感がつきまとう。この距離感が楽しめる人ならば、つまり、主観的に感情移入して見るのではなく、客観的に物事を見ることが出来る人は、多分、本作を存分に楽しめるはずである。

詳細評価

物語
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