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客途秋恨 (1990)

客途秋恨/SONG OF THE EXILE

監督
アン・ホイ
  • みたいムービー 6
  • みたログ 13

4.00 / 評価:5件

ふたりの映画人による、心の旅路

  • lamlam_pachanga さん
  • 2010年7月10日 2時20分
  • 閲覧数 493
  • 役立ち度 5
    • 総合評価
    • ★★★★★

アン・ホイが手掛けた作品の中でも、個人的なお気に入りとなれば、私はこの作品を迷わず挙げる。

本作は、戦後の満州(奉天省。現在の遼寧省)にて、中国人の父と日本人の母との間に生を享けた、アン・ホイ自身の幼少の体験をなぞる、謂わば、彼女の半自伝的要素を多分に含む。その中で、異文化(日中相互)理解の難しさを根底に据え、母娘間の確執と理解、そして和解へと至る、家族のアイデンティティーを巡る物語。と同時に本作の脚本を手掛け、多数の候孝賢監督作品でも脚本を手掛けてきた台湾出身の呉念眞自身による、日本統治時代を賞賛する「多桑世代(トーサン世代)」とのジェネレーションギャップを埋めようとする、彼の物語でもある(呉念眞は、後年彼自身が監督した『多桑/父さん』でこの物語を帰結させることとなる)。

本作が、ふたりの映画人の、極めて個人的な物語であることは否定出来ない。

その物語には実体験が色濃く投影されていることもあり、映画とは、一義的には物語を紡ぐことが優先されるべきであるにも係わらず、前述の理由もあり、本作は自己完結的な色合いが強い。

だから、私は本作を周囲の人間に薦めたことは、ない。

アン・ホイか呉念眞、或いは異文化理解への興味、または海外生活への憧憬がある人以外にはあまり興味惹かれるものではないだろうし、実際、それ以外の人間の興味を惹く力がある映画だとも思わない。

私にしても、10代後半~20代半ば過ぎにかけて中国で生活していた経験がなければ、この映画を大事にしようと思ったか、正直、自信がない。実際、この映画については初見時の印象より、10年強の中国生活中に再見した時の印象に支配されていると、私自身がそう思うくらいだ。つまるところ、私の『客途秋恨』への思い入れは、この実体験が助長する、アン・ホイと呉念眞が口を揃える「異文化理解の難しさ」への共鳴が大きいのだろう。

アン・ホイの場合、彼女自身は戦後の中共社会、及び移住後の香港社会での教育による、日本への反発がそのまま母親(=日本)との確執に繋がった。母親には母親なりの辛酸があるのだが、そこに想いを馳せることはせず(若年の少女には無理な要求だ)、単に「理解の出来ない相手」としか映らなかった。

呉念眞は、国民党支配下の台湾に育ったために、日本統治下に生きた「多桑世代」が、何故支配者である日本を賞賛するのか理解出来ず、その世代とのギャップに苦しむこととなった。

この家族間に横たわる溝は、そのまま異文化への不理解に端を発している。

その理解、そしてその後の和解までの道程が、如何に長く苦しいものであるのかは、想像に難くない。

映画では、確執を抱える母親が、父の死と妹の結婚を機に故郷である大分へ帰郷すると決意したことを受け、主人公の長女も、(母親との確執を残しながらも)仕方なくその旅へ同行する。そして、今度は彼女(長女)自身が日本と言う異国において、自身(異邦人)への不理解を経験し、初めて、戦後の母親がただひとり異国(中国)において周囲に理解されない苦しみに生きていたことに想いを馳せる。

この映画の秀逸な点は、この日本における、実に丹念で落ち着いた描写にある。

アン・ホイは、(外国映画にありがちなのだが)単なる風景描写として日本を描いたりはしない。あくまでもそこを舞台に周囲の理解を得られぬ異邦人の苦しみと、アイデンティティーを守り暮らす難しさを切々と描く。その姿、そしてその苦しみを周囲が理解する難しさを、丹念に、且つ巧みに描く。

この問題は、本人(異邦人)や、或いは周囲の人間へ責任を負わせることで解決するものではない。

異文化理解とは、さればこそ難しく、双方にとって窒息するほどに厄介な問題として横たわる。

主人公を演じたマギー・チャン、そして母親を演じた陸小芬の演技は、実に素晴らしい(陸小芬の不自然な日本語は恐らく吹替え)。彼女らふたり(特に陸小芬)の、母娘間の「揺れる心」を表現する抑制された演技は、この映画の見所のひとつだろう。確かに、日本語の台詞における「妙なリズム」を感じることはあるものの、それもこの映画の魅力のひとつと言うのは言い過ぎだろうか。

アン・ホイ、そして呉念眞。

その「心の機微」を捉える演出と脚本。

実体験を反映する、その主題。

『客途秋恨』は、ふたりの心を旅する物語。

それは、ふたりのために作られた映画なのかもしれない。

しかし、私は思う。

『客途秋恨』は、だからこそ秀逸な人間ドラマに成り得たのではないか、と。

詳細評価

物語
配役
演出
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音楽

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