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去年マリエンバートで (1960)

L' ANNEE DERNIERE A MARIENBAD/L' ANNO SCORSO A MARIENBAD/LAST YEAR AT MARIENBAD/LAST YEAR IN MARIENBAD

監督
アラン・レネ
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  • みたログ 272

3.97 / 評価:88件

「死」の匂い

  • hin******** さん
  • 2011年12月10日 10時35分
  • 閲覧数 1767
  • 役立ち度 5
    • 総合評価
    • ★★★★★

 本作は正体不明の怪しげな男がある女性にしつこく言い寄るだけの映画だ。しかし、その様子は夢とも現実とも取れず、倒錯した世界が我々の眼前には広がっている。まず作品全体に現実感がなさすぎる。ホテルはこの世のものとは思えないほどの豪華絢爛ぶりで、その庭園の左右線対称の構造もなんとなく浮世離れした雰囲気を醸し出している。ホテル内の人たちも男2人と女性以外は人間ではなく、風景のように撮られており、まるで存在感がない。ヌーヴェルヴァーグらしく、ショット間のつながりを無視したカット割りも非現実感を一層強固にしている。音楽も不協和音のような、聞いていて決して心地の良い類のものではなく、我々を挑発しているかのようにも聞こえ、妖しい雰囲気を漂わせている。唯一わからなかったのが劇中のゲームが意味すること。いや、そもそも意味などないのかもしれない。なぜか同じ人間が勝つゲーム。人生における不条理か。いずれにせよこのゲームの存在によって、より一層映画はもやがかかったような妖しい雰囲気を纏う。
 ヌーヴェルヴァーグは体制に対して否定的だ。それは当時の旧来の映画の撮影方法に対する反抗や、政治的なものまで含まれる。ヌーヴェルヴァーグにとって体制とは、慣習そのものであり、それを再考し、打ち破ることが目標となっていた。本作もそういう姿勢が全面に出ている。冒頭の台詞やカメラワークで、主人公がホテルに否定的な態度を取っていることがわかる。ホテルは豪華絢爛で、いかにも体制的だ。つまり、本作においては主人公のホテルに対する態度こそが「ヌーヴェルヴァーグ」なのであり、彼がそこから抜け出すことができたことはヌーヴェルヴァーグの勝利を暗示しているのである。
 正直に言って本作にはわからないことが多い。前述したようにゲームと本題とのつながりは見えるようで見えてこないし、主人公も幽霊であるのかもしれないし、実際に存在しているとも取れる。そもそも本作で展開されている物語が現実の出来事なのか誰かの夢の中なのかも判然としない。しかしそういった、いわば「わからなさ」から表出してくる、「妖しさ」のようなもの、そして本作全体に流れる「死の匂い」に観客は本能的に惹かれるのであり、それこそが本作の最大の魅力なのではないだろうか。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • 不思議
  • 不気味
  • 知的
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