キラー・エリート

THE KILLER ELITE

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キラー・エリート
2.5

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(10件)


  • say********

    4.0

    ペキンパーvsニンジャ

    役者は、まぁまぁ。ペキンパーの世界をフィルムに残す役割としては、十分。必要十分といえる。あまり存在感あり過ぎると、この個性的な監督の世界が侵食されるんだけど、そうならない程度の、良い塩梅。 「アジア人、中国人、日本人って、よく分からん。仕事とはいえ、面倒見切れない。勝手に死ね。」という、のんびり感と、命懸けのギリギリの緊張感が両立している、貴重な映画。 次々と現れてはやられるニンジャたちは、まるでショッカーの戦闘員扱い。 その軽い扱い具合が、映画の良い塩梅に貢献している。

  • hsa********

    5.0

    ほぼ傑作

    ほとんどの日本の観客が、見落としてしまっている要素がこの映画にはある。 伝統的なアメリカ映画の話法である。 この映画はほぼ完璧に撮られ、ほぼ完璧に編集されている。 同軸線上のアクションつなぎに始まって、同軸線上のどんでん返し、サイズの変更、フレームインアウトのタイミング、同時間に生起する出来事の並列性、などなど、サムペキンパー世代までは、かなりの人が自然にできたことだ。 ペキンパー後はほぼトビーフーパーとジョンカーペンターのみになりその後はクリントイーストウッドだけが伝統を受け継いだ。 見やすさの倫理といえるこうした作り方は映画の基本である。 この映画のスイスイと滑らかに変わっていく画面に驚くことから始めなくてはならない。 ペキンパーの映画の特徴は言うまでもなく、暴力描写だ。暴力描写の裏には偽善に対する軽蔑がある、ペキンパーが偉いのは偽悪も軽蔑していることだ。 いわゆる真実の瞬間は殺す時と殺される時にあり、その時間を引き延ばすことは、自然なことだったに違いない。 偽善大国の日本にとって、ペキンパーはとても重要な作家だ。安易に偽悪に走る多くの日本の映画監督にとっても重要な作家だ。この映画の価値が解る観客が増えなければ、ガチャガチャ映画が増えるだけだ。 暴力描写が弱いとか、物語が弱いとか、アジア人対する偏見があるとか、あんな忍者はいないとか、ほぼ不毛な議論はもうこのへんにして、ひと画面づつ追って見てみよう。充実ぶりが発見できるはずだ。

  • 一人旅

    3.0

    発掘良品を観る #513

    TSUTAYA発掘良品よりレンタル。 サム・ペキンパー監督作。 仲間に裏切られ重傷を負った男の復讐を描いたアクション。 ロバート・ロスタンドの小説「Monkey in the Middle」をバイオレンスの巨匠:サム・ペキンパーが映像化した監督第11作目で、主演をジェームズ・カーン、宿敵をロバート・デュヴァル、台湾の大物政治家を日系俳優:マコ岩松が力演しています。 サンフランシスコを舞台に、CIAから依頼を受けて活動している民間諜報機関「コムテグ」の構成員である主人公:マイクが、任務中に仲間の一人:ジョージの裏切りに遭い重傷を負うが、入院先での必死のリハビリを経て復活、台湾の大物政治家をアメリカ国外に脱出させる任務を遂行してゆく中で自分を裏切ったジョージ(+α)に復讐を遂げるべく壮絶な闘いへ身を投じてゆく―という“再起からの復讐”を描いたバイオレンスアクションとなっています。 スローモーションの採用等、ペキンパー印のアクション演出が見て取れる作品ではありますが、本作がペキンパー屈指の“珍作”と呼ばれる理由は劇中登場する謎の“忍者軍団”にあります。今どき銃を使わず忍術&格闘だけで突撃してくる時代錯誤な敵軍団で、普通に銃を使う主人公達に近づくことすらできずあっさり撃退されてしまう姿には失笑を禁じ得ません。加えて、クラマックスにおけるアジア系同士の日本刀対決では主人公が完全に“蚊帳の外”となっていて、例えるならボクシングのリングサイドから試合を観戦する観客の一人のような状態に成り下がっています(ここが最大の笑い所)。 不自然な突っ込み所が散見される、バイオレンスの巨匠らしからぬ気の抜けた珍品となっていますが、決着の舞台となる「軍艦の墓場」の壮観&不穏な景観には緊張が走りますし、地味なリハビリから派手なアクションまで真剣に取り組んだジェームズ・カーンの頑張りに拍手を送りたくなります。 蛇足) ジェイソン・ステイサム、ロバート・デ・ニーロ、クライヴ・オーウェン共演の『キラー・エリート』(11)は原作が異なりますので本作のリメイクではありません。

  • まこたん

    1.0

    題名に大幅負け

    キラーエリート 言葉からと予告から想像かけはなれた キラーっぷり アクションも他のと比べても 劣る。 まあ、駄作なのかな。 せめて短ければ。 ★2

  • rec********

    3.0

    ペキンパーは決してふざけてる訳じゃない!

    名高いペキンパーの封印された一編。プロデューサーとの揉め事伝説が事欠かないペキンパーですが一番最悪期に撮ったのが本作かも? とは言え作品を観ればあの素晴らしいリズムとカットと銃撃スローモーションは大健在!決してふざけてる訳でもヤル気なき訳でもないんです。まあペキンパーご本人は『あんな映画、知ったことか!』と申されるでしょうがw

  • oce********

    2.0

    ペキンパーと忍者

    ペキンパーといえば男の美学な作品だが、これは明らかに作品群の中でもカルトのほうに位置づけられる。 何しろ忍者が重要な存在になっているのだから。 暗殺結社の長年のコンビだったジョージとマイク。 だがマイクの裏切りに遭いジョージは瀕死の重傷に。 傷の癒えたジョージは再び任務に就くが、その裏にはマイクが絡んでいることに。 ジェームズ・カーンとロバート・デュヴァルの熱い男たちが見られると思っていたが、中盤はカーンがリハビリと同時に忍者から鍛えられるという奇妙な光景。 そして二人の決着を第3者が決めるというのはいかがなものか。 そのため後のアクションも炭酸の抜けたコーラのような出来。 ペキンパーと忍者というのは一体どうやって考え付いたのか疑問符が残る中身だった。

  • くそげーまにあ

    2.0

    ネタバレペキンパーやる気ゼロ! カオス過ぎる怪作

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • fkx********

    2.0

    サム・ペキンパーのイメージがペキンッ!

    『ワイルド・バンチ』とか『ゲッタ・ウェイ』とか『ビリー・ザ・キッド21才の生涯』とか『戦争のはらわた』とか、世間から名作と呼ばれているペキンパー作品は多いし、それなりにコアでディープなファンも多いので、こんなこと言うと非常に怖いのだが、私はペキンパー作品が世間で言われるほど名作でも何でもなく、スローモーションの得意なバイオレンス・アクションとしては個性的に出来上がった、いわば日本映画で言う“市川崑の作品群”みたいに括れるアメリカン・アクション映画の一作品群に過ぎないと思っている。 私は名脇役たるアーネスト・ボーグナインを始め、主役級のジェームズ・コバーンやウイリアム・ホールデン、そしてスティーブ・マックィーンも大好きだが、それでいて、前述の作品群に強烈な思い入れが感じられないっていう事実は、もう決定的である。 まあ、世間のペキンパー・ファンを全部敵に回すつもりで言うなら、私にとって彼の作品群は好きでも嫌いでもない、ただのアクション映画なんである。 それでも、本作『キラー・エリート』が“心に残る印象深い作品”として私の中に在るのは、何と言っても『ゴッドファーザー』『ゴッドファーザーPART?』での演技で強烈な輝きを放っていたジェームズ・カーンとロバート・デュバルによるアクション大作であったので、見る前から非常に期待度が高まっていたからに他ならない。 いや、見る前と見終わった時の敗北感との落差の余りの大きさが、このアクション大作を、内容の無さと非常な凡庸さ、そして作者の大いなる誤解と偏見から来るオリエンタル・アクションの滑稽さという“負のイメージ”による記憶からの抹殺から救ってくれているのだろう。 ちなみに、74年の『キラー・エリート』での暗殺忍者部隊との激闘といい、同じくジェームズ・カーン主演の75年の『ローラーボール』での東京チームとヒューストン・チームとの東京決戦といい、この頃のハリウッド映画の偏見に満ちた日本や日本人を見る目っていうのが、今見ると名作『007は二度死ぬ』と全くひけを取らない域にまで達していて文句なく笑えるのである。

  • yat********

    3.0

    これもまたペキンパーの作品

     ペキンパー監督がこの映画を撮った時のショックは石井輝男が「直撃地獄拳大逆転」をとったときのショックとある意味似てるかもしれないと思いました。  どっちも子供心に見るととても面白かったのに、結構大人たちには当時は酷評されてた様に記憶してます。  この監督さんの描く世界はほんとに日本人の感性にフィットするものが多い、男同士の友情、それに絡んだ対決。あたかも義理と人情の世界のアメリカ版みたい。それがより乾いたタッチで描かれているのがカッコいい。「ビリーザキッド」しかり「ワイルドバンチ」しかりそしてこの映画もまたしかりです。  友人に裏切られた諜報部員が瀕死の重症からよみがえり拳法を習って裏切りのなぞに迫っていくという筋書き。当時ブルースりーの出現でカンフー映画の大旋風が吹き荒れる中、暴力映画の大御所も思わず興味を持ってそれを映画に使ってしまうわけですが、主役はジェームズ・カーンですのでそこまでの動きを期待するほうが無理というもの、おまけに変な忍者の集団まで出てきて、わけがわからなくなります。でも、そんなサービス精神満載のこの映画に当時の私はすごくうれしくなったことを覚えています。  役者陣はそうそうたる顔ぶれ、ジェームズ・カーンはもとより、ロバート・デュバル、ギグ・ヤング、アーサー・ヒル、ボー・ホプキンス、マコイワマツにバート・ヤング。さすがこの監督さん。男っぽい人たちをよくも集めたものです。  大体、豪快なストーリーと暴力描写が売りの人にしては、じつは意外と繊細なセンスが特徴だったりするこの方。はじめは知らずに見てたのですが、やがて「この人は暴力シーンに特徴がある」みたいな事を吹き込まれて、「何で人が死ぬところばかりをこの人はスローモーションでとるんだろう」と考え始め、「人が死ぬ瞬間はやっぱり一瞬だから、その生と死の境目をしっかり見せ付けることがでいるのはこんな映像だけなんだなー」などと、映画に自分なりの理屈をつけて見るきっかけを与えてくれた、私にとってはそんな監督さんでした。  そして、この映画はまさに、ペキンパーにとっての「直撃地獄拳大逆転」的な面白さに満ちていると思える(あくまでもギャグ抜きの)、私にとってはそんな一本でした。

  • ser********

    3.0

    天賦の才は社会が殺す

    この映画を褒める人間に出会った事がない。かのサム・ペキンパーの映画なのにである。そもそもペキンパーとは何者か?彼をバイオレンスの巨匠に持ち上げるのは簡単だ。暴力描写の全てがそれを物語っているのだから。そんな映画の《外見》を見ながら、観客はさらにペキンパーにそれ以上の暴力を求める。本当は違う事を描きたいと欲しているのにである。その結果、彼は自己の才能を浪費し、やがてこんな映画を作った。途端に人々は手の平を返し、彼の才能が終わったと悪口を叩き始める。人間とは勝手なものだ。その結果、彼はそれから数本を残し若死にした。 映画史にはこんなエピソードは付き物だ。プレストン・スタージスしかり、マイケル・チミノしかり。だが彼らが干されたり没落したのはその才能の枯渇では断じてない!そもそも才能がある人間ほど、社会と折り合いをつけるのが難しいもの。ペキンパーにとってその才能を潰したのはハリウッドだった。そしてそれでもハリウッドと折り合いをつけようとして失敗した映画、それがこの「キラー・エリート」。それを思う時、やっぱり私は擁護してしまうのだ(笑) そもそもクライマックスのシーンは我が日本人にとっては国辱物だ。ニンジャをあんな風に描いたら噴飯物である。あのシーンだけでペキンパーファンは激怒したに違いない(特に日本人のファンは)。だが他のシーンはいたってシンプルだし悪くない。親友だった男に裏切られ、苦しいリハビリの末に復帰する、という物語なんか私にとってサイコーの展開だ。ペキンパーだって酔っ払いながら映画を撮ったにしてはちゃんと編集で面白くなっている。でもペキンパーファンは許さない。 「何で血まみれを見せないんだよ!」 【たまには気楽に撮らせてくれよ】 それがペキンパーの本音だったのに違いない。毎回ファンは満足するが当たらない映画を撮り続ける芸術家にとって、たまには金になる映画を撮りたいと思っても無理はないだろう。だが社会=映画ファンはそれを許さなかった。芸術家が魂を売った報いだ、とファンは思うだろうが映画監督もそれで生計を立てるフツーの人間。期待値が高い程失望した時は罵倒する。映画ファンの悪いクセ。まるで柄の悪いサッカーのサポーターだ(笑)。 そうして映画会社も彼の信用を疑い、ペキンパーは一線から消えていく。のちに撮った「戦争のはらわた」が実質的なハリウッド映画ではない事でもよく分かる。その才能は決して消えていなかったにもかかわらずである。 以後、私はこの映画を何度も見た。確かに全盛期のペキンパーとは明らかに違う気の抜けた映画だ。それでも私はこの映画を愛する。決して映画は彼だけで作るものではないからだ。天才は全部傑作を作らなくてはいけない理由はない。遊びも大切。スピルバーグだって「1941」撮ってるし(笑)。 もし社会が彼をもっと受け入れていたらペキンパーはどんな傑作をあと数本、私達に残してくれただろうか? 不器用な男、ペキンパー。私は彼が大好きだ。

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