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クォ・ヴァディス (1951)

QUO VADIS

監督
マーヴィン・ルロイ
  • みたいムービー 9
  • みたログ 100

3.47 / 評価:36件

「クオバデス」にしませんか、今後。ダメ?

  • T-800 さん
  • 2013年1月27日 16時08分
  • 閲覧数 3000
  • 役立ち度 7
    • 総合評価
    • ★★★★★

暴君ハバネロ、じゃなくて暴君ネロのお話。

「クオ・ヴァディス」って書きにくいし言いにくいので

日本公開のときに「クオバデス」くらいにしてほしかったと

小学生の頃からつらつら考えている。



20数年後『ナイル殺人事件』で

灰色の脳細胞エルキュール・ポアロとして再会することになる

若かりし頃のピーター・ユスチノフが暴君ネロ。

以降「暴君ネロ」とはイコールこの人だ

と思うほどのあたり役。

一挙手一投足がイラッとさせる見本のような演技の天才。



自らの理想の都再建のためにローマを火の海にし

よし歌おう、とハープを弾いて歌っているシーンなどは

映画とはいえ子供の頃はものすごくショックだった。

物語がキリストの処刑の直後から始まり

信者迫害の様子も描いてあって

信者をコロシアムに入れ、市民の前でライオンに襲わせるなどの

史劇にお約束の見世物シーンもある。

教育を受けていない昔の世の人は、おそらくほんとうに

残酷なものだったろうと思われる。

今ある平和とはありがたいものだと思う。



役者らしい役者の、濃いメンバーも楽しい。

ロバート・テイラーの舞台俳優のような顔の大きさといい

『めぐり逢い』のデボラ・カーのメイクのきつさといい

テクニカラーのけばさと相まって絢爛豪華な時代絵巻を成している。

いまでは出来ない、奥がかすむほどのものすごい数のエキストラや

火や動物など全部ホンモノの重量感がある。

もたもたしているが、それがほんとのリアルなテンポなのだ。



ときどきこういう時代スペクタクルも観たくなる。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • スペクタクル
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