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黒い罠 (1958)

TOUCH OF EVIL

監督
オーソン・ウェルズ
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3.71 / 評価:84件

これが天才の作るフィルム・ノワールだ

  • ser***** さん
  • 2009年2月23日 3時46分
  • 閲覧数 887
  • 役立ち度 7
    • 総合評価
    • ★★★★★

オーソン・ウェルズは、天才ゆえに映画作家としては不幸な道を歩まざるを得なかった、《異端の巨人》であった。

「市民ケーン」は名作である。革命的なパン・フォーカスを編み出し扇状回想法、という特異な手法で孤独な天才の生涯を描いたこの作品が、一人の権力者の逆鱗に触れた事で興行としての映画の道を断たれた事は今では伝説だ。続く「アンバーソン家の人々」もまたズタズタにされた映画としてしか見られない不幸、「マクベス」の天才的なシェイクスピア映画も語る事を拒まれ、「オセロ」にいたっては、カンヌで絶賛されるもフィルムが散逸、つい最近まで見られなかったいわくつきの映画だった。見えざる神の手がウェルズに語る事を許さないかの如く、彼の作る映画には常に不幸が起こる。実際、彼が後々まで映画作家でいられたのは、ジョン・カサベテスの如く役者としてその存在をスクリーンに焼き付けた報酬によるもの。でなければ監督する事さえ困難な、まさに呪われた映画作家。

そしてこの「黒い罠」。ハリウッド資本で作られた最後の作品は、外見こそ当時のフィルム・ノワール=暗黒映画の装いであるが、蓋を開ければB級と言われたこのジャンルの映画とは思えない異様な感覚の物語として鋭い感性をもって我々に観賞する事を迫る、まさに《人を選ぶ》娯楽映画。いや、まさに映画作家の映画だ。

冒頭の4分近くに及ぶカメラ撮影の話は、心ある映画ファンなら聞いた事があるだろう。カットを一度も割ることなく、車が爆発するまでのシーンをクレーン一本で撮影した奇跡だけが語られるが、この映画の薄気味悪さは観客に誰一人感情移入させない人物設定にある。メキシコとアメリカ国境における陰謀につぐ陰謀。その物語の外見さえよく分からないまま、混沌とした世界観に投げ出され、正義と悪の区別さえつかない状態のまま、人が死に脅迫され、不安と不気味さだけが漂うその空間。観客に分かりやすい、という映画をウェルズは決して作らない。我々がウェルズの世界に入っていく事を条件に見る事を許される、一種傲慢ともいえるそのスタイルは一応娯楽映画、という条件で作られたこの映画でも健在だ。実際、映画会社が勝手にフィルムを編集、分かりやすい《会社バージョン》が公開された事がきっかけでウェルズは再びハリウッド資本による映画を撮れなくなった、いや撮る事を許されなくなった。今見られる版はそんな彼の意向に沿って再編集された、いわゆる《私がウェルズだったらこーいう編集になったであろうバージョン》なのだ(笑)。だからこそきわめてウェルズ的な映画を装っている。
だが、本当はこれが彼のやりたかった「黒い罠」なのか?そんな軽い話ではあるまい。
あくまでも、この映画は意向に沿った編集をされているだけであり、彼が撮るはずだった本当の物語は多分、フィルム・ノワールというジャンルを越えた映画としてこの地上に生まれるはずだったに違いない。

その巨体を振り絞って歩くウェルズ自身が演じる悪徳捜査官は、正義の皮を被った映画の中での絶対的悪=アメリカの姿としてメキシコ側の犯罪調査官(チャールトン・ヘストン)の前に立ちふさがる。国境、という場所に存在するこの巨体はいわばウェルズにおける自由創作の壁ハリウッドそのもの。それが自由を称するアメリカで君臨し、規制を持って作る自由を奪う、というダブル・スタンダード状態の権化の様に、《真実》を探ろうとするヘストンの口を封じようとする。そのためにはどんな手段をも厭わない彼にとって、その妻(ジャネット・リー)を監禁する事ぐらいは何のためらいもない。邪魔者にし容赦しない、その姿勢はまさにアメリカそのもの。ウェルズにとってはハリウッドそのもの。そんな彼の意図があったかどうかは、あくまでも私の推論だ。だが、そう思わざるを得ないのはこの物語がいかにもとってつけの悪い、居心地の悪い物語だからに他ならない。スムーズに体に入ってこない、それでいて見ていないと不安になる、まさにジャネット・リー状態になる映画。こんな映画を作れる監督は正直彼以外にはいない、と思う。

多くの映画監督は映画を撮る、という条件を芸術のためでなく生活の手段にしている。興業的に当たらねば次の仕事はない。生活も出来ない。だからこそ彼らはお仕着せの仕事でも喜んで受ける。ほんの少しの作家魂を映画に残し、観客の望む映画(本当は映画会社がそう思い込んでいるだけかもしれない映画)を作りその地位に満足している。だがウェルズは違う。あくまでも自分の映画、自分の血を分け与えた映画を作る。それは周囲とは相容れない映画であり、それでいて圧倒的な迫力を持つ映画。

「黒い罠」はそんな映画だ。

詳細評価

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