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ゴッドファーザー (1972)

THE GODFATHER/MARIO PUZO'S THE GODFATHER

監督
フランシス・フォード・コッポラ
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4.47 / 評価:2,695件

聖俗二元論

  • y_s***** さん
  • 2019年6月3日 10時13分
  • 閲覧数 910
  • 役立ち度 2
    • 総合評価
    • ★★★★★

47年前に、封切直後に映画館で見て以来、久しぶりにスクリーンで観ることが出来て幸せな気持ちになりました。
改めて見てみると、やたら「儀式」が多いのに気が付きます。妹の結婚式から始まり、ドン・コルネオーネが襲撃されるのは、クリスマスで、更にシチリアでの結婚式、ドンの葬儀、ラストの圧巻の洗礼式まで、日本風に言えば、ハレの日とケの日常が対比を持って描かれています。
カメラワークや照明も、ケの部分では陰影を多く用い、ハレの日の映像では(最後の洗礼式を除いて)極力影を見せないようにしているのが解ります。
デュルケムの聖俗二元論で語られる、聖なるものは、善にも悪にもなりうるし、俗なるものも又同様である、ということの体現化が、正に教会での洗礼式とそれに挟み込まれる多くの暗殺場面ではなかろうか。
実際のマリオ・プーゾォの原作は、もっともっと微に入り細に入り、人物も心理も情景描写も書き込まれていて、それを削りに削って映像にしたものが、この3時間である。
役者でいえば、マーロン・ブランドは一世一代の入魂の演技であり、アル・パチーノは舞台役者から映画俳優への見事なまでの転身であり、ダイアン・キートンは暴力を全て肯定しているのではないという、異分子としての役割を一人で担い、ロバート・デュバルは聖と俗の狭間にその身を置いて存在感を増している。
確かに、マフィアの世界を借りているのだが、描いているのは、立川談志の言葉をかりれば、「人間の業」を肯定も否定もせず、あるがままに、ということではなかろうか。
最後に、決して映画音楽家ではなく、母国イタリアでは、正式なクラシック作曲家として評価の高いニーノ・ロータの見事なまでの音楽演出に拍手を送りたい。なにしろ映像の始まる前からあの物悲しいトランペットが響き、有名な愛のテーマは、マイケルのシチリアの風景と共に初めて現れるのだから。

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