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小間使の日記

小間使の日記

LE JOURNAL D'UNE FEMME DE CHAMBRE

98

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5.0

メイド探偵の失敗、なのか

1963年。ルイス・ブニュエル監督。パリから田舎に来た小間使(メイドですね)だが、そのブルジョワ家庭(ユダヤ人らしい)は変人ばかり。ブーツフェチのおじいちゃん、妻と性関係がないため別の女性を探してばかりいる主人、その主人に思いを寄せる恋をしたことがない別の小間使い、国家主義者で小児愛の下男。隣には主人と対立している大尉もいる。パリと田舎、ブルジョワと労働者、ユダヤ人とフランス国家主義者、性と主教などの対立のなか、宙ぶらりんのメイド(ジャンヌ・モロー)のあいまいな生活の記録です。 前半は倒錯者ばかりの風変わりなブルジョワ家庭をすいすい生きるモローの姿なのですが、後半、森のなかで少女が強姦されて殺される事件が起こると、突然、映画の雰囲気がかわります。下男の犯行だと目星をつけたモローは体を張って真実を告白させようとする。結局ニセの証拠まででっち挙げて捕まえさせるのですが、証拠不十分で釈放される場面で映画は終わってしまいます。メイド探偵の失敗の話。 とはいえ、映画の雰囲気は「探偵の失敗」とは程遠い。なぜなら、下男に身を任せる過程のモローが本当に下男を愛してしまったかのように見えるからです。下男逮捕後は隣人の大尉と結婚してブルジョワの妻に納まっているのですが、下男と結ばれていく過程での彼女の積極性は、殺人者を追い詰めるための嘘とはとても見えない。逆に、殺人を犯すような男に惹かれてしまった女性に見えるのです。倒錯者ばかりのその家の男たちや隣人の大尉は常に「誰かや何かの代わりとしての愛」という形でしか人を愛せないのに対して、下男はその人ずばりを愛しているからです。少女を愛しているからこそ殺さなければならなかった。メイドのモローはそのリアルな生き方に震えているように見える。下男がいう「おれとお前の魂は一緒だ」という言葉は真実をついているようなのです。ブルジョワの妻に納まったメイドは「倒錯の拒絶に失敗」しているようです。 このメイドは探偵に失敗したのか、それとも倒錯の拒絶に失敗したのか。どちらなのでしょうか。

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