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歌舞伎十八番「鳴神」 美女と怪龍

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4.0

歌舞伎舞台を屋外に広げた自由な表現の試み

 これはいいね。大衆娯楽が、演劇・歌舞伎から新劇・映画に移行する曲がり角、一丁目一番地のような気がする。それは、より楽しく、より易しく、より自由に、という成り行きであったのだろう。この映画は、より自由にという試みではなかったろうか。歌舞伎十八番も、映画にするとこんなに自由に表現できる、楽しくできるという映画の可能性だ。  舞台から抜け出せば、カメラがどこまでも入っていける。それは観客であり演者であり制作者だ。この映画は劇場の舞台中継から入る。ストーリーはそのままに、カメラ(舞台)は屋外に移る。リアルな演技に変わる。終盤になってまた舞台に戻る。見得を切る。  BGMは劇場での楽器で流してあるが、時折西洋音階の楽器が入る。宮中の雅楽まで入る。これが結構新鮮なのだ。自由でもある。言葉遣いだけが、舞台せりふと映画リアルせりふの中間をふらふらする。それも移行期の試みとして楽しい。  演劇史のお勉強として、良いテキストといえる。この際、『鳴神』はどうでもいい。  (どうしてなんだろうね、この欄にレビュー投稿が一本もないというのは、これがテキストであって、映画の作品ではないということかな? でもさ、劇中劇とか、映画作りを題材にした映画とか、一杯あるでしょ?)

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