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大魔神 (1966)

MAJIN. MONSTER OF TERROR

監督
安田公義
  • みたいムービー 21
  • みたログ 410

3.76 / 評価:153件

by 偽kamiyawar(知恵袋)

  • nis******** さん
  • 2019年3月29日 18時29分
  • 閲覧数 779
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

これは私が子供の頃に観たんだよな。
とにかく子供だったから。あの無言で人間を殺しまくる大魔神がとにかく怖かったよな。それでそれだけの映画だと思ってたんだよ。

私は子供の頃に観た映画でもちゃんと覚えてるんだ。だから大人になって改めて観ても、やっぱりいい映画が多いんだよな。
でも大魔神は子供向けだと思って観てたんだよ。だからなんだろうな。

あの映画は、日本人の心が謳われているんだよ。
自分の役目を果たし、真面目に生きることを美学としていたんだよな。
そして日本人は深い信仰の中で生きていたんだよな。その信仰がどういうものであったのか、というのがあの作品の命なんだ。

日本人は真面目だと書いたけど、それは現実を受け入れる、ということなんだよ。自分に来た運命をそのまま受け入れて生きていったんだ。だから里山の文化にもなったのな。
西洋と違って激烈な自然破壊をせずに、自然と共存する生き方だったんだよ。必要なことはやっても必要以上には奪わないんだ。
それ故ずっと貧しかった、とも言えるんだよ。発展がないからな。循環思想だから。ずっと続ける、という思想よ。

だから自然というのは神になったんだ。
自分達を生かしてくれるものであるのと同時に、自分達に時には災厄も与える畏れ多いもの。それが日本人の自然観なんだよな。自分を生かすものは全て神なんだ。

それで、どうしようもない人間が出て来たわけじゃない。物凄く強力な力で自分達を押し潰そうとする人間よ。
もう自分ではどうしようもないから、神に祈るんだな。その村には助けてくれる神が在る、という伝承があったから。
その時にどうするのか、というのが重要なんだ。

運命を受け入れて生きる者が、何事かを神に頼みたい時にどうするのか。
自分の命を捧げる、ということなんだよ。自分の最も大切なものを捧げる、ということなんだな。
あの乙女の美しい涙によって、大魔神が動き出す。ここなんだよ。
あの涙の重さはわかるだろ?
あれは哭きいさちるスサノヲそのものだよ。

日本人は全てあれだったんだよ。自分がどうしても、という時には命を捧げてやればよい、という考え方なんだよな。だから日本は強かったんだ。明治になって、西洋各国が驚いたんだよな。
人間の強さの根源なんだよ。命って神と共にあるものなんだよな。
人生には色々とあるよな。でもどんなことでも命を燃やせばいい、ということなんだよ。そして自分を捧げられる人間が神をも動かすんだよな。


ドナルド・キーン氏という本当に日本を愛する方が言ってるんだけど、
「西洋の文学、詩歌というのは神を降ろすことを最高とした」と言うんだ。
しかし「日本の文学、詩歌は鬼神をも動かすとしている」とな。
これは人間が神によって世界を与えられたと考え、人間がどんどん世界に影響を及ぼしていくという西洋の思想と、神や自然と共存する、という日本の思想との違いなんだな。

命を燃やせば神が動く。忘れるなよ。

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