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大魔神 (1966)

MAJIN. MONSTER OF TERROR

監督
安田公義
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3.75 / 評価:150件

「オラ、怒ったぞ!」という正義

  • kfe***** さん
  • 2020年4月1日 13時59分
  • 閲覧数 321
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    • 総合評価
    • ★★★★★

私が小学校低学年だった30年近く前、夜7時(曜日とTV局は忘れました)にはアニメ版『ドラゴンボールZ』が放映されていた。ネット配信も存在せず、また録画機器もまだ十全になかった当時、私はワンシーンも見逃すまいと、テレビにかじりついていた。無論それは周囲の少年達も同様で、翌日の学校ではその話題で盛り上がることを常としてた。

その『ドラゴンボールZ』最大のクライマックスは、恐らくはフリーザ編であろう。未だにフリーザ絡みの関連作品が手を変え品を変え再生産され、単品でCMに出演さえしている現状を鑑みれば、これは私個人の感想ではなく、世間一般のコンセンサスなのであろう。宇宙最強フリーザVSスーパーサイヤ人悟空の頂上決戦に、皆が熱くなっていたのである。

しかし、当時の私はこの構図、というより展開に若干の違和感を覚えていた。その理由は単純明快。「スーパーサイヤ人って何なの?仲間が殺された怒りでそんな急激に強くなるもんなの?あれ無敵じゃん?」である。私は周囲の友達に、それとなくそんな質問を投げかけてみた。しかし、帰って来るのは「まあ、アニメだしね」という大人な返答が専らだった。あるいは、そんな事にこだわる私が子供だったのかもしれない。

結局、その問いに対する答えは得られないまま時は過ぎ、その間にも私は様々な映像作品・文芸作品を目にする事にもなった。その中に本作『大魔神』も含まれるのだが、私のその第一印象は「ドラゴンボールZと展開似てんなぁ」という物だった。権力と暴力をもって善良なる人々を苦しめる悪人→善良なる人々の必死の抵抗→力が足らずに敗れ万事休す→善良なる人々の「無念・悲哀の涙」により「無敵の怒りの化身」が現れる→「無敵の怒りの化身」による一方的殺戮で劇は終わる。これが『大魔神』シリーズ定番の筋なのだが、悪人をフリーザに、善良なる人々をクリリン等に、「無敵の怒りの化身」を悟空に当てめても、すっと収まると思ったのである。

それどころか、昭和の中期に流行った、高倉健主演のヤクザ映画も、これとほとんど同じ構造を持っていると言えるだろう。恩義ある人々の「無念・悲哀」を背負って大立回りを演じる健さんは、無敵である。決して死なない。死ぬのは悪人だけである。

この様に一昔前の日本人は、「善良な人々の悲哀や無念」により生じた「怒りの化身」は、「物理法則を含めたこの世の一切の掟を超越してほしい」と願っているのである(でなければ、あそこまで流行る事はありえない)。いや、もしかしたら、それは世界の人々にさえ共通する願望であるかもしれない。何せこの手の「無敵の怒りの化身」は、海外映画にもしばしば現れるのだから。それ程に、人類の基底にある憤怒と報復感情は強いのである。

その願望が良い形で発露すると、本作『大魔神』の様に、強きを挫き弱気をたすく素敵なヒーローが生まれる事となる。しかし、それが悪い形で発露してしまうと、かなり厄介なヒーローが生まれてしまう事となる。何せ、そのヒーローは「他人の悲哀・無念」に過剰なまでに共感し、憤怒と報復感情をひたすらに増殖させていく。そして、それが閾値を越えた瞬間、ろくすっぽ事情を知りもしないのに、(無理にでも)悪人を見出し、攻撃を始めてしまうのだから。

その物語版代表が『忠臣蔵』であり、現実版代表が『五・一五事件』『二・二六事件』になるのだろう。両者に共通するのは「善良なる人々(前者は浅野匠で後者が臣民)が苦しめられたのは、欲に目がくらんだ悪い奴(前者が吉良で後者が財閥・君側の奸)がズルをしているからだ」という、断片的な情報と巷の噂を混合して作り上げられた様な歪んだ認識であり、「仇が憎い。仇を討ちたい」という強い憤怒と報復感情である。そして、彼等は「義挙」と称する犯罪行為に及ぶのである。

そして、この「仇討ち」を見た民衆は溜飲を下げ、「義士」に拍手喝采を浴びせる。無論、「仇討ち劇」を見る方からすれば、重要なのは「事の真偽」ではなく、「報復は果たされた」という筋書きが演じられる事である。下品な言い方をすれば、「仇討ち」という真剣勝負さえ、一商品として消費されてしまうのである(この傾向が現在も絶賛継続中なのは、ネットの書き込み一つ見れば一目瞭然であろう)。

この様に、複雑怪奇な世の中を「悪即斬」でスパッと割り切るのは、確かに爽快ではある。しかし、それは『大魔神』の様な超越者にしかなし得ない業である。割り切れない現実に対して剣を抜く前に、「どうしたものか」と思い悩むのが、迷うのが、非力な人間には丁度よいのである。「怒りをおさめる者は、城を落とすものに勝る」という聖書の言葉の通りである。

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