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はるか、ノスタルジィ (1992)

監督
大林宣彦
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3.34 / 評価:50件

映画がノスタルジィであってはならない!

  • @tkitamoto さん
  • 2020年8月15日 19時57分
  • 閲覧数 208
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

DMMDVDレンタルにて鑑賞。
大林宣彦が亡くなって以降、急に借りにくくなった作品のひとつである。
数ヶ月かかって我が家にやってきた。
ワタシは大林宣彦作品のファンではあるが、この頃の作品以降は疎遠になってしまった。
ワタシ自身が映画製作を目指した時期に重なっているのだが、大林映画から離れることが必要だったという認識があったからだろうか?
数年前に「花筐」以降、2010年代の作品を観て、大林宣彦監督の凄さを再認識した。
死が近いことを逆手に取りながら、極めて若々しく、自由闊達な映画を撮ることができるとは思いもしなかった。
最後の作品となった「キネマの玉手箱」は観ていないが、観なくても最大級の素晴らしい映画であることは間違いない。

その2010年代の映画の祖先にあたるのが、「はるか、ノスタルジィ」なのだろうというのが、最初に思いつく感想である。
しかし、ワタシはこの映画は評価しない。
まず、全編にBGMがついている。
久石譲の音楽は悪いわけではないが、なぜ全編に付ける必要があるのだろう?
勝手な推測にすぎぬが、この映画においては、繋がらないものを繋げる役割が音楽だったのではなかろうか?
ストーリーとしてややこしくはないが、時系列が行き来する場面があり、石田ひかりが一応、一人二役となっていたりと、映画としてのまとまりを音楽に委ねたのではないか?というのがワタシの推測である。
何度もいうが、ワタシはこの映画を評価しない。
石田ひかりは当時売れてはいなかったが、一部では人気があったと思う。
ワタシも少しはファンであったように記憶する。
公開は前後するものの「ふたり」にも起用されている。
清純でありながら、微かな妖艶さをこの映画で垣間見せるが、少々彼女には荷が重すぎたとも思える。
結局は、この映画は大林宣彦にとっての実験だったのではなかろうか?というのが、ワタシの考えである。
プロデューサーである大林素子氏が「この映画を作らない限り、次には進めない」というようなことを言ったそうであるが、この映画は2010年代の映画に連なるものを感じさせる。
だが、結局は、まだ映画として成立していない。
何度もいうが、「はるか、ノスタルジィ」は評価できない。
亡くなった監督に向けて、次のように問いたい。
「映画がノスタルジィであるものか!生きるものではないのか?」
「過去に向けて撮られるものでなく、観る者がその時間を生きるのが映画ではないのか?」
映画としてのストーリーも踏まえ、この映画の後ろ向き加減は耐え難い。
その点、2010年代の「花筐」「この空の花 長岡花火物語」「野のなななのか」は絶対的に最高の評価をする。
このワタシの見方はあっているのかどうか?

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