ここから本文です

ハワイ・マレー沖海戦 (1942)

監督
山本嘉次郎
  • みたいムービー 13
  • みたログ 53

4.14 / 評価:22件

そもそも本邦特撮映画の嚆矢と言われる

「大東亜戦争一周年記念」で製作された 「ハワイ・マレー沖海戦」(1942)という戦争映画。この映画では真珠湾攻撃シーンなどにミニチュアセットを駆使した大スペクタクルが展開され、「実写を使用したか」と戦後米軍に言われたほどの出来栄えを見せていた。この映画で名を馳せたのが特撮監督円谷英二。
1942年に東宝が製作、社団法人映画配給社配給で公開された戦争映画・国策映画である。昭和17年12月8日に公開された。戦時下に作成された戦争映画の白眉である。
題名には「海戦」とあるが、そのストーリーの半分以上は海軍のパイロットを目指す予科練の生活が詳細に描き出すことに費やされる。 平凡な少年友田義一が海軍精神を注入され、また厳しい訓練を耐え抜いて、晴れてパイロットとして搭乗するまでが前半である。後半は真珠湾攻撃に至るまでの航空母艦内の生活が詳細に描かれ、最終段階の攻撃シーンに向けて戦争気分を盛り上げていく。最後はマレー沖海戦の場面であり、仏印基地から発進した攻撃機がプリンス・オブ・ウェールズ を撃沈するまでを描く。史実の通り、真珠湾では米国太平洋艦隊が壊滅し、マレー沖では英国東洋艦隊が壊滅し、太平洋における日本海軍の覇権が確立されたことを示して映画は終わる。
音楽面においても時代の空気を知る上で興味深い。 映画は冒頭、リヒャルト・ワーグナーの『ローエングリン』前奏曲にて開幕し、最後のマレー沖海戦の攻撃シーンでは同じくワーグナーの『ニーベルングの指環』より『ヴァルキューレの騎行』が流される。また、『海ゆかば』をはじめ、当時好んで唄われた軍歌が次々と挿入され、それらがどのような場面で唄われ扱われていたかを知る上で格好の素材といえよう。しかし、この映画が公開された時期はすでにミッドウェイ海戦の敗北を契機に、戦局の逆転が始まっていることは歴史の皮肉である。

映画2001.「パール・ハーバー」において、屋外の池で模型を使った作戦会議をする奇怪なシーンがある。これは、この映画の特撮撮影風景を撮影したスチル写真を元にしていて、それを作戦会議と勘違いしたものと推測されている。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

イメージワード

  • スペクタクル
  • 勇敢
  • 知的
  • 切ない
  • かっこいい
このレビューは役に立ちましたか?
利用規約に違反している投稿を見つけたら、次のボタンから報告できます。 違反報告
本文はここま>
でです このページの先頭へ