雨月物語
4.2

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作品情報上映スケジュールレビュー

作品レビュー(97件)


  • tom********

    5.0

    ネタバレ男は夢を見て女は現実を見る

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • le_********

    5.0

    映像美のなかに夢幻と現実が滑るように変転

    監督:溝口健二、製作:永田雅一、原作:上田秋成、脚本:川口松太郎(「オール讀物」所載)、依田義賢、作詞:吉井勇、撮影:宮川一夫、録音:大谷巌、照明:岡本健一、美術監督:伊藤熹朔、音楽監督:早坂文雄、主演:森雅之、田中絹代、京マチ子、1953年、96分、配給:大映 脚本は、上田秋成の読本『雨月物語』の「浅茅が宿」と「蛇性の婬(いん)」の二編に、モーパッサンの『勲章』を加えて、川口松太郎と依田義賢が書いている。 戦乱はストーリー上の題材として据えられ、むしろそこに、人間のカネに対する欲望や、妻の夫に対する思いやり、殺された者のこの世に対する怨念などを描くうえでの舞台となっている。 当時の実力派俳優が出演し、ロケやセット撮影をうまく組み合わせ、豪華なつくりとなっている。 源十郎(森雅之)・宮木(田中絹代)、藤兵衛(小沢栄)・阿濱(水戸光子)夫婦の住む村、源十郎の自宅や窯、源十郎・藤兵衛が品物を売りさばく大溝の賑わいなど、日常の世界が徹底的に描写されたあとなので、若狭(京マチ子)と右近(毛利菊枝)の住まう屋敷などや小道具類も日常の中に光を放つものとなっており、それが実はすべて邪悪な幻想であるとわかったとき、源十郎だけでなく観ている側にも、その幻想は実にリアルに想起されるのである。 狙って撮られたシーンはいくつかあるが、夫婦二組の四人で大溝に向かう舟のシーン、源十郎と若狭が湖畔で戯れるシーン。舟のシーンはいくつかのアングルを組み合わせ、しかもカメラは比較的長く回っている。 幻想から目覚め、妻・宮木をも失った源十郎が、今度こそ誠実に焼き物をつくるシーンで終わることで、源十郎がまじめな男になったこと、色欲や貪欲から解放されたことが暗示される。 ストーリーの舞台もきれいに分割され、映像美のなかに、夢幻と現実が滑るように変転させることに成功している。

  • たーちゃん

    4.0

    ネタバレ妻子がありながらなぜ契りを交わした

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • bel********

    4.0

    分相応

    原作の雨月物語を改変したものですが、 怪奇的な要素は薄く、人物の描き方が 現実的でなかなか良いように思う。 男がとても愚かに描かれていることで、 尽くしている女が人として立派に見えます。 ただ可哀想という感情ではなく。 朽木屋敷の映像の美しさは見事。 京マチ子の妖艶さにはゾクゾクする。 今作の一番の見所かと。

  • エル・オレンス

    5.0

    ネタバレ邦画が世界を圧倒していた時代。

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • s_w_l_j

    5.0

    命の軽さがリアルで切ない

    戦国時代は人の命を命とも思わぬ残虐な世。欲望に翻弄される庶民の目線で、悲劇的に物語進展するが、「西鶴一代女」と違ってささやかな希望が描かれる点で後味は良い。

  • yam********

    3.0

    ネタバレ我々は家に戻らない源十郎か

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • cyborg_she_loves

    2.0

    男尊女卑

    冒頭、映画の趣旨の説明文が映されます。  「『雨月物語』の奇異幻怪は現代人の心にふれる時、更に様々の幻想をよび起す。これはそれらの幻想から新しく生まれた物語です。」  つまりこれは、上田秋成の「雨月物語」をモチーフとしつつも、まったく新たに構想され構成された物語です。  源十郎が都で若狭(京マチ子さん)の幽霊に誘惑されるという部分は原作の「蛇性の婬」の翻案。国に帰って妻の宮木(田中絹代さん)の幽霊に会うという部分は「浅茅が宿」の翻案ですね。  で、どこが原作から変わってるかというと、私が思うには、ですけど、原作はあくまで幽霊怪異談を基本とするのに対して、この映画は、金や名誉ほしさのあまり妻を置き去りにする男が最後に後悔し改心するという人間物語の方に重心を移しているところです。  実際、幽霊物語を描きたいのなら、源十郎が金儲けのために都へ旅立つまでの部分(前半の30分ほど)はいらないし、義弟の藤兵衛にまつわる物語は幽霊とは何の関係もないわけですからそもそも全部いらないはずでしょう。  京マチ子さんの美女霊の美しさは、それはもう本当にほれぼれとするほどで、この映画の見所のひとつです。溝口監督の作品はどれも映像芸術としてはズバ抜けた美しさをもっています。  しかし、最後まで見終わってからこのシーンをあらためてふりかえると、この朽木家の娘の幽霊がここで源十郎にとりつく理由がよくわからない。なんか、とってつけたように挿入されている幽霊話で、「あれは何だったんだろう?」という感覚が残ります。  それに、私が気に入らないのはこの映画の結末です(以下若干のネタバレを含みます)。  源十郎と藤兵衛が金と名誉の亡者となって都へ行ってしまったおかげで、源十郎の妻の宮木は落ち武者に殺されてしまいますし、藤兵衛の妻の阿浜(水戸光子さん)も、武士たちに強姦され、遊女に身を落とすという、要するに2人とも夫のせいで悲惨きわまりない運命を背負い込むことになるのですが。  その割にこの映画の最後では、阿浜も、幽霊と化した宮木も、なんだかものすごく簡単に夫を許し、夫は幸せを取り戻す、というハッピーエンド的な結末で終わっていて、私は不愉快でした。  こんな物語の組み立て方に、当時の男尊女卑的な(妻は夫のせいで強姦されても売られても死んでもなお夫を許し、夫のために尽くすことこそ美しい、みたいな)観念が露骨に表われているような気がしますね。  まあ作られた時代が時代ですから、しょうがない部分もあるとは思いますし、映像的にはとても美しい作品であるのは間違いありませんし、そんなに極端に評価を下げる必要はないとも思いますが、あんまり好きになれる映画ではないのも事実です。

  • pai********

    4.0

    大人向けの日本昔話

    妻は,夫婦共働きで貧しくてもいいから,家族で平和に過ごせることを願っている。 ところが,夫は,一度商売がうまくいったため,危険を顧みず,商売に走ってしまう。 これだけ書くとダメ夫のようだが,夫は,商売のために一生懸命働くようになるし,稼いだお金は妻のために使う。 つまり,すれ違いである。 このすれ違いが遂には悪霊にたぶらかされて不倫という過ちにまで発展する。 夫は最終的に目を覚まして妻子のもとに戻ってくるが,そのとき妻は既にこの世にいなかった。 気付いたときには遅い,という教訓めいた大人向けの日本昔話である。 いつの時代も変わらぬことがテーマになっている。 ストーリーはこんなところであるが,この作品を名作たらしめているのは,京マチ子演じる姫(悪霊)を始めとする幽玄的世界描写だろう。 これが本作を芸術作品たらしめている。 BGMの能楽も非常に効果的である。 余談だが,暴力,略奪,強姦が日常の隣り合わせだった戦国の世界の描写は,第二次大戦が終わって10年も経っていない時代に公開された本作を観た人たちに共感を持って受け止められたのではないだろうか,とふと思った。 この映画が当時ヴェネチア国際映画祭で銀獅賞を取ったり,フランスで人気だったのは,二度の大戦で戦火にまみれたヨーロッパ大陸の人の共感によるところもあるかもしれない。

  • miy********

    5.0

    時が経ってもフリン不倫

    NHKBS4Kで久しぶりに観る。初めて観たのは大学生。それから社会人。 そして家族が出来た現在。 「う~ん」と唸ってしまった。 江戸時代から、いやいや人類が誕生して以来、いつの時代も男と女とは ・・・・。 金を稼いで裕福な生活をしたい。出世して家族を喜ばせたい。そんな思いで 頑張って仕事してたら、取引先の女性と・・・・不倫。 家庭も顧みず働いていたら、妻が風俗でアルバイト。 阿浜と藤兵衛のように元のさやに納まればよいのだが、このご時世なかなか そうはいかない。 ソーシャルディスタンスで、映画館に数人呼んで、「雨月物語」の鑑賞会 を開催してしてほしいものだ。 招待者は、渡部建.東出昌大.原田龍二.袴田吉彦。 森雅之(源十郎)が京マチ子(若狭)に 「実はわたし、くにに女房も子供もいるんです」という科白をどんな気持ちで観たのか、 鑑賞後は、どこかのホテルのバーカウンターで、4人でグラス傾け討論してほしいものです。 その際もソーシャルディスタンスをお忘れなく。

  • アニカ・ナットクラッカー

    5.0

    戦国の琵琶湖畔を舞台にした怪談噺

    今回取り上げるのは、1953年の大映映画『雨月物語』。同年のキネマ旬報ベストテンで邦画の3位に選ばれている。ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞に当たる)に輝き、映画の冒頭で獅子のトロフィーが大写しになる。巨匠・溝口健二監督の代表作として知られ、邦画の歴代ベストテンを選ぶ企画では必ず上位に選ばれる人気作である。 戦国時代を舞台にした怪談噺で、時代を細かく言うと羽柴秀吉が柴田勝家を破った賤ケ岳の戦いの直前という設定である。場所は琵琶湖畔で、この地方に住む人々は合戦があれば田畑を荒らされ、男は兵士として無理矢理徴発され女は暴行されるという大変な時代であった。逆に言うと時代の変革期に当たり、流れをうまく捉えた者は大きく飛躍するチャンスもあった。 怪談噺の中心となるのは若狭というお姫様(京マチ子)で、白塗りの化粧に薄墨で描かれた置き眉が異様なオーラを放っている。初登場のシーンは市場の雑踏で、お供の右近(毛利菊枝)と並んで傘をかぶり、一般庶民に混じって歩いている姿である。しかしこの若狭と右近はこの世の人ではなく、織田信長に滅ぼされた一族の死霊なのである。 いくらなんでも幽霊が白昼、人々に交じって街中を歩くなんてあり得ないと思うが、この時代の生と死の境界は現在よりもはるかに曖昧だったのだろう。街ですれ違う人々が実は死者かも知れないという発想は、黒沢清監督の「岸辺の旅」でも描かれていた。右近は老女だが、底知れぬ情念を隠したような無表情に凄味があり、こちらもゾッとするような恐ろしさを感じる。 若狭たちが住んでいる「朽木屋敷」という言葉を聞いてハッとした。僕は関西に住んでいた時に、琵琶湖北西部の「蛇谷が峰」という山に2回ほど登ったことがある。この山は山頂から見る琵琶湖の眺めが素晴らしく、湖の方向さえ分かれば道に迷う心配がない。それに加えて下山時に、村営の温泉施設に立ち寄って入浴と食事ができるのが楽しみだった。 その温泉施設がある場所が「朽木村」という地名だった。現在は合併により別の地名になっているが、自分と接点のほとんどない時代劇の舞台が、自分が行ったことのある場所だったという偶然は楽しいものだ。ちなみにこの地域は冬にはかなりの雪が降る。いちど冬に山登りしようと出かけたが、登山口の時点で膝まで深い雪が積もっていて諦めたことがある。 映画の顔は京マチ子だが、主人公は窯で焼物をして作った器を売る源十郎(森雅之)と妻の宮木(田中絹代)で、夫婦の間には小さな男の子がいる。もう一組の主人公は貧農の藤兵衛(小沢栄)と妻の阿浜(水戸光子)で、藤兵衛は今の暮らしに飽き足らず、戦国の世に乗じて武士となって出世したいという野望を抱いている。阿浜はそんな夫に手を焼いている様子だ。 源十郎はいちど商売で成功し、さらに儲けるべく前のめりになるが、慎重な妻は「そうそううまい事が続くわけがない。旦那にはこの辺で落ち着いてほしい」と思っている。二度目の行商の際には途中までついて行くが、海賊(湖賊と言うべきか?)の犠牲者を目の当たりにして夫と別れ、故郷の村に戻ることになるが・・・。事態は妻の懸念通り、最悪の方向に進むのである。 もう一組の夫婦、藤兵衛と阿浜には対照的な運命が待っている。具足と槍を手に入れ、兵士に取り立ててもらおうと焦る藤兵衛。彼は偶然にも合戦に敗れた武将が切腹する現場に居合わせ、棚ぼたで大将首を手に入れ、これを手土産に武士の地位を手に入れる。大得意の彼は宿場町で家来とともに宴会を開くが、ここで娼婦に転落した妻の阿浜と鉢合わせしてしまう。 阿浜は宮木と対照的に美人で快活なタイプだが、それが災いして兵士たちに暴行されてしまったのだ。自分の災難を知らぬ夫を呪詛するモノローグがシェークスピアの戯曲のセリフを連想させる。藤兵衛は哀れな妻と対面して自分の短慮を心から悔い、武士の夢を捨てて故郷に戻る。妻の心の傷も(外見上は)癒えたようで、彼らは回り道しながら元の鞘に戻ったわけである。 もっとも興味深いのは、深窓の令嬢と言うべき若狭がどうして一介の庶民にすぎぬ源十郎に執着したのかという事だ。どうせ死んだのだから男なら誰でもよく、騙しやすそうな源十郎を狙ったのか?源十郎の作った焼物を歯の浮くような言葉で賛美するが、どこまで本気なのだろうか。「ブタもおだてりゃ木に登る」の内心で褒めていたのかと思うと、ちょっとおかしい。 若狭が右近を従えて歩くところは「牡丹灯篭」を、源十郎が朽木屋敷で夢のような日々を過ごすところは「浦島太郎」を、源十郎の背中に呪文が書かれているところは「耳なし芳一」を、そして滅茶苦茶に刀を振り回すところは森雅之の出た「羅生門」を連想した。最後に、劇中で出てくる幽霊は若狭と右近だけはないこと、ラストで幼い子供が重要な役割を果たすことを指摘して『雨月物語』のレビューの最後としたい。

  • WXYは知ってても、それだけじゃ

    3.0

    乱世と貧困、未練が幻想、妄想を呼ぶ 姫と妻の亡霊も未練から。 不気味な雰囲気に、切なさと悲しさを混ぜる。

  • きー

    5.0

    ネタバレみてよかった

    このレビューにはネタバレが含まれています。
  • とみいじょん

    4.0

    ジャポニズム そして、戦後の鎮魂

    映像に酔いしれる。 姫の、妖艶でいながら、ふとした拍子のあどけなさ。恋する乙女と、恋に縋りつく女の表情。そして怖さ、裏切られたことを知った時の切なさ。 右近の、慎み深さ。それでいて有無を言わさぬ押しの強さ。思いを遂げられないことを知った時の無念さ。 この二人が、滑っているかのように、土を踏んで歩いていないかのように、動く。 この二人が動くほどに、光と影が姿を変える。 生活感など、微塵も匂わせない佇まい。けれど、そこに”思念”ははっきりと伝わる。 息が白く見えるのでさえ、演出かと思ってしまうような幽玄の世界。 屋敷の調度とともに、ため息が出る。 田舎の鄙びた風景。基本、同じことの繰り返しが続く静的な日々。-雑兵さえ来なければ。 都会のエネルギッシュでダイナミックさ。-そのすぐそばにある落とし穴。 屋敷の、雅やかなものを愛でつつの、姫たちの心づくし、完璧な世界。-見失う現実。 その、田舎と、都会・屋敷を繋ぐ、びわ湖の、セット丸出しなのに、あの怖さ・不気味さ。 もう、これだけでお腹がいっぱいになる。 原作は、学校でも名前だけは習う、読み継がれている江戸時代の作品。 漫画とか、いろいろな媒体で脚色される『浅茅が宿』。  『木綿のハンカチーフ』にも通じる、都会の色に染まって勘違いした男が、都会にすべてを絞りとられて、故郷に帰ったら…という脚色の方が好き。   『蛇性の婬』は未読だけれど、『白蛇伝』の方が好き。  これまたいろいろな媒体で表現される『安珍清姫』『耳なし芳一』『牡丹灯篭』の方が壮絶。  この映画では、姫と右近も、男も、ちょっと中途半端。  正体がばれた時の演出は必見だけれども。 もっとシンプルな、どんな時代にも通ずる人間の業ーあさはかさや切なさーがあぶりだされるような、胸を締め付けられるような話。だからこそ、江戸時代の作品なのに、いまだに読み継がれる名作。 その二本をまとめた話に加えて、オリジナルの、もう一組の夫婦を描く。 夫の役目って何なのか。  立身出世や金儲けをして、妻や子に良い暮らしを与えること?  家族の安全を守ること?  こんな問いかけも、この映画は訴えてくる。  ちょっと、説教臭くなってしまった。  というか、全部戦のせいになってしまった。 落ち武者や、雑兵のすさまじさよ。 彼らが傍若無人にふるまわなかったら、女たちの運命も違っただろうにと思わされるような筋。 「つわものどもが夢のあと」的な無常観を描きたかったのか。 豊臣が天下を取るまではまだこの地は戦乱に巻き込まれるだろうに、映画は、霊魂に見守られながら、平和な日常で終わる。 日本昔話的に収めたかったのか。 1950年代に制作された映画。まだ戦争の記憶も生々しいころ。  終戦直後は、家を焼かれ、家族を失い、生きるために、映画の落ち武者や雑兵のようなことをする輩もいたと聞く。  そんな時代を生きた人々への鎮魂のように見えてしまった。

  • yu********

    5.0

    ヴェネチア国際映画祭 サンマルコ銀獅子賞

    水辺の船のシーンが印象的で美しい作品。 モノクロでカッコいい日本映画。 ぜひ見てほしい名作です。

  • mik********

    5.0

    4Kでも美しい97分

    4Kで映像が鮮明になり、声もはっきりしてますね。「戦わない」戦国ドラマらしく、和楽器の音楽で進行しながら、シリアスな一つ一つの場面が、溝口節らしいね。京マチ子のシリアスさと、溝口監督の翌年(1954年)近松物語へとつながっていった、97分でした。

  • utakata21

    3.0

    展開がたるい

    宮川さんのカメラはいいと思う.でも脚本が説教くさくてだるい.映画学校の生徒が教科書として見るならいいんだろう

  • pok********

    3.0

    いつの時代も男って奴は・・・

    時代は戦国?江戸時代の読本が原作?それを映画化? 物語は男の浅はかで身勝手な行動に 翻弄される哀れな女の物語。 いつの時代でも こんなシチュエーションは 変わらないのね。 ワンピースのルフィが海賊王になる〜!と 騒いでていいのは少年時代まで。 妻と子供ができたら しっかり働かなくちゃいけないぞ! しかしこの映画、ラストは 神のように男を許す2人の女。 哀れさ最悪最高。 この映画1番の見所は 妖しい美女のアヤカシに男が惑わされるシーンだろうが もう少し映像が幻想的にならなかったのかね? 全体的に面白い映画ではないが まあ、1回は見てもいいかも映画。

  • bar********

    4.0

    全体構造

    雨月物語。溝口作品は鑑賞2作目です。 しかし、黒澤・小津に並ぶ監督として聞いていたのですが、どうも過大評価だと思います(黒澤・小津・溝口と並べて語る人もいれば、溝口だけ外す人もいますが、私は後者と同意見です)。 なぜかといいますと、溝口監督は全体構造的な視点が弱いからです。この『雨月物語』においては、ワンシーンごとのクオリティは非常に高く、演技もよくできているし、演出は文句のつけどころがありません。絵画風のカットといい、他の並の監督とはとうてい比べられない監督だと思います。 しかしですね、全体構造という面で見てみると、粗が多すぎて、しっちゃかめっちゃかになっており、それぞれのシーンの役割も明確でなく、大筋は貧弱で、いたるところに不必要性が生まれており、テーマ性も充分に明確になっておりません。だから美しいシーンも、その意義を無くしてしまい、不必要なシーンになってしまって、我々はなんとなく不愉快な印象を抱いてしまいます。それはその美しいシーンが、次の筋へと繋がっていかず、次々に消失していってしまうからです。真剣に鑑賞すればするほど、徒労感が濃く残ってしまいます。 黒澤・小津監督は、全体的な視点に長けておりました。ですから不必要なシーンがほとんどなく、我々もそのシーンの有意義性が、全体の大筋の中でどういうふうに位置づけられているかが納得できますので、一つ一つのシーンの意義を積み重ねて、全体の作品性を楽しむことができるというわけなのです。 この『雨月物語』は先ほども言いましたが、ワンシーンのクオリティは黒澤・小津に並ぶものの、「作品そのもの」の完成度という面では大きく差を付けられてしまっている内容だと思います。 この物語がどういう物語だったのか、すごく話しにくいのです。それは結局のところ、全体的な視点でどういう作品にするかというより、ワンシーンごとにどういう美麗なシーンを創造しようかという意識ばかりで満たされていたからだと思います。 私は黒澤・小津とは並べて語るべき監督だとはとうてい思えません。しかし溝口監督の持ち味であるワンシーンのクオリティは、語られるべき内容だと思っております。このレベルに到達した監督は、やはり黒澤・小津くらいしかいないからです。市川監督でさえ、このレベルかどうか怪しいところがあります。こういった巨匠たちに続く存在がもっと現れてくれることを祈ります。

  • つとみ

    3.0

    一応ホラーサスペンスなんだろうな

    映像の古さとテンポの悪さで、いかにも昔の作品だなという印象。 ただもし50年前に本作を観ていたらかなり熱狂したろうと思う。 主要な登場人物の数が多く、それぞれの心情を掘り下げて絡ませたり絡ませなかったりするオムニバス的な作りで、誰でもどこか一つくらいは好きな場面がありそうだ。 しかし極端にいえば夢見るアホな男と現実的な女の物語で、もしかしたら「男ってバカなんだね」って感想しか出ないかもしれない。 さすがに少し風化している作品なので星4つ以上の評価はつけられない。

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