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盲獣 (1969)

監督
増村保造
  • みたいムービー 11
  • みたログ 130

3.51 / 評価:35件

盲目ということがわかってない

  • cyborg_she_loves_me さん
  • 2018年4月21日 15時02分
  • 閲覧数 510
  • 役立ち度 0
    • 総合評価
    • ★★★★★

 あくまで私個人の感じ方です。美はセンスですから、この映画に「美」や「エロス」を感じてうっとりするようなセンスの持主が、これを高く評価しても、何も悪いことはありません。ただ私は、美やエロス以上に不自然さの方を強く感じて、退屈にしか感じなかった、ということです。

 ある女性の完璧な肉体美と、その肉体美を写した石造彫刻とが、同じ美を持っていると感じるのは、それを目で見ている人だけです。盲目の人がその女性と彫刻とを触って比較したら、世の中にこれぐらい違うものもないというぐらい違うと感じるはずでしょう。
 それなのにこの盲目の男、女性の彫刻を隅々まで手でなでまわして興奮してる。
 冒頭のこのシーンで、すでに、ああこれは盲目であるってどういうことか、まるでわかってない人が作ってる映画だな、とシラけてしまう。

 彼(船越英二さん)がヒロインのアキ(緑魔子さん)を誘拐拉致した「アトリエ」と称する部屋もそうです。体より大きい目だの、長さ10mぐらいあるような裸体女性だのの彫刻がびっしりと並んでいる。
 ……って、ちょっと待ってよ(笑)、生まれつき盲目の男が眼球の内部(虹彩とか瞳孔とか)の様子をなんで知ってるの? 10mもあるヌード彫刻を作ったって、触って感じるのはほとんど平面ばかりでしょう。そのどこにエロスを感じるの? これをエロティックに感じるのは「見てる」人だけです。

 これは、作られた時代が古いことに起因するセンスの古さ、のせいじゃあないと私は思いますね。これよりはるかに古くてもいまだにまったく古さを感じさせない作品は無数にある。
 これは、盲目という障害に対する製作者の共感が完全に欠如していることに起因する不自然さだと思います。「めくら」(という単語が実際何度も何度も使われます)がすることなんて、そんなに緻密に共感しながら演出する必要なんてない、とにかく無茶苦茶であればあるほど「めくら」らしい、という軽~い見方がありありと表われている。

 船越英二さんの演技も、とても盲目の人を演じてるようには見えませんね。時々あさっての方角を見てるというだけで、動作は、はっきり見えて動いてるとしか思えない正確さぶりです(この人、甘いマスクで人気を博した人ですが、私はどの映画を見てもあんまり感心しないことが多いです)。
 緑魔子さんは大好きな女優さんですが、もう少しはっきりとヌードになってるのかなとちょっと期待してたら、実際はきわめて控えめです。ま、この時代じゃ、しょうがないか。

 というようなわけで、腹立ちと、退屈とを我慢しながらなんとか見終えましたが、いいところはなんにもなかったですね。

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