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蜘蛛巣城 (1957)

監督
黒澤明
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3.92 / 評価:239件

カッコイイ三船さんは期待しないで。

  • shinnshinn さん
  • 2020年3月18日 5時54分
  • 閲覧数 374
  • 役立ち度 4
    • 総合評価
    • ★★★★★

1957年劇場公開の黒澤明監督作品です。劇場で鑑賞すると、お城のセットの巨大さに驚きます。シェークスピアの「マクベス」の黒澤流翻案らしいが、肝心の「マクベス」を勉強不足で僕はよく知らない(笑)。一流のエンターテインメント、「七人の侍」(54)や「用心棒」(61)とは違い、一度観ただけでは面白さは解りません。何やら能のスタイルが堅苦しく、セリフや挿入歌(ご詠歌みたいでカッタルイ)の言い回しが古いので、字幕での鑑賞をオススメ致します。


武将の鷲津武時(三船敏郎)は藤巻某の謀反を鎮圧し、竹馬の友で盟友の武将・三木義照(千秋實)と共に二騎で主君・都築国春(佐々木孝丸)が報告を待つ蜘蛛巣城へと向かう。2人は突然の嵐の中、勝手知ったる<蜘蛛手の森>で道に迷い、雷鳴の中、もののけと思われる不思議な老婆(浪花千栄子)に出会う。老婆は「武時が蜘蛛巣城の城主になり、やがては三木の息子が蜘蛛巣城の城主になる」と予言し、突然姿を消す。ここから、武時の人生が少しずつ狂い始める。もともと武時は主君・都築国春に対して忠誠心の強い家来なのだが、老婆のささやきで心の奥底の欲望が覚醒し、人間の業に火が付くのだ(悪いババアだが、<悪魔のささやき>は下克上が当たり前の戦国時代に、まんざらあり得ない選択でも無いのか・・・)。


今回の三船さんは、妻(山田五十鈴)に主殺しをそそのかされ、主君を殺害したことで良心の呵責にさいなまれる。更に、盟友である三木義照も殺し、いよいよ精神がおかしくなって来る。時には怒鳴り、時にはおびえ、そのさまが暗愚なのだ。実に暗く重く、かっこ悪い武将(つまり、ミフネさんらしくない)。結局は破滅へと向かうのだが、松永弾正や斎藤道三、明智光秀など<主殺し>の末路は何故か悲惨だ(真偽には諸説あるらしい)。蛇足ですが、主殺しはイメージがよろしくない。今回の大河ドラマは華のない主人公で最後まで大丈夫なのか・・・?


<女の敵は女>というが、本作では老婆と正室の女2人が、主人公の鬼門になりました。老婆を懐かしの浪花千栄子が演じます(もののけなのに「はぁ~い」といういい方が可愛い)。この方のオロナイン軟膏のホーロー看板は昔、田舎道のいたるところにありました。正室を山田五十鈴が演じます。男をそそのかす役は「リア王」にインスパイアされた「乱」(85)で原田美枝子もやっているが、やっぱり山田五十鈴は巧いねぇ(原田美枝子が下手という訳ではありません、念のため)。


武時の親友の三木義照を千秋實が演じています。三船さん同様、馬の手綱さばきが巧みです。ただ、個人的には「七人の侍」(54)の平八(おおらかでどこかユーモラス)のイメージが強いので、本作のような緊張感でヒリヒリするような役は合っていないと思った。君主・都築国春の知将で、参謀格の小田倉則保を「七人の侍」(54)で官兵衛をやった志村喬が演じます。こっちの世界ではひとかどの武将になったのかと、勝手に喜んでしまった(勝手にパラレルワールド・笑)。


清涼感のあるお話ではありません。何やら道徳的というか、教訓めいたお話です。<もののけ>とは人間の心の中にある悪魔のささやきの事であり、僕もしばしばそそのかされます。そして、負けるときもあります。心の中のババアに負けちゃいけない。


有名なエンディングは、ダイナミックでアイディアが黒澤明らしい。当時の観客はさぞやビックリしたのではないのか。いまは観客が初めからCGだと分かっているので緊張感がないのだ(CGは便利だが弊害もあるという事)。

詳細評価

物語
配役
演出
映像
音楽

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