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3-4X10月 (1990)

監督
北野武
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3.80 / 評価:302件

「映画的感覚」とは何だろうか?

  • @tkitamoto さん
  • 2020年5月23日 23時49分
  • 閲覧数 760
  • 役立ち度 1
    • 総合評価
    • ★★★★★

数ヶ月前にCS日本映画専門チャンネルにて録画したものを鑑賞。
ロードショー公開を終えたのち、高田馬場、早稲田松竹で観た記憶が鮮烈に残っている。

この映画を一般的な目線で、一言でいうならば、「訳のわからぬ映画」である。
だが、同時に類まれな映画としての魅力も持っている。

公開時1990年頃、ちょうどワタシは、新百合ヶ丘にある映画学校に行っていた時期である。
この学校を一年で去ることになるが、今思えば、今村昌平ではなく、北野武こそ目指す方向に見えたからだともいえる。

では、「3-4x10月」の魅力とは何なのだろうか?
20代のときに魅力は感じつつも語ることは一切できなかったワタシであるが、50歳目前に見返した後、何を語ることができるだろうか?

おそらくは、北野武はこの自身の監督作第2作によって、映画を壊そうとした。
そして、再構築しようとした。
できあがったのが本作だ。

草野球のシーンがある。
意味がよくわからないが、延々と続く。
いつしかこのシーンがずっと続かないだろうかと思う。

何人も唐突に殺される。
この感覚は、北野映画ほぼすべてに共通すると思われるが、この映画においては、より恐怖を感じる。

確実に言えるのは、「石田ゆり子」はかわいい。
(当時からファンであったが、今もかわいらしい)

この時期まだ、北野武は映画の撮り方がわからなかったのだろう。
ただ、映画的感覚は備わっていた。

予告編にウィルスという言葉が飛び交う。
映画という身体に北野武というウィルスが感染したのがこの映画である。

映画が予定調和な商品として、完結してどうなるのか?
映画へ向けて、北野武はそこにツッコミを入れたかったのだ。

本作より後の北野映画はストーリーを重視するようになる。
それはそれで、映画のひとつの重要な要素であるから、あってしかるべきである。
だが、「3-4x10月」においては、大きなストーリーがない分だけ、原初的な映画的魅力に満ち溢れている。

だが、その映画的魅力とは何なのだろうか?
映画的感覚とは何なのだろうか?

…だから、つまり、50歳を目の前にしたワタシを持ってしてもこの映画を語るには物足りない。
「語ることを拒絶しつづける映画」とでも言って、この場を退散するしかない。

いつの日か間違って、寂れた地方の映画館で「3-4x10月」が上映されていたら、絶対に見に行くべきである。
入り口のかわいい女の子にチケットをもぎってもらい、背中を見せたら銃殺されることを恐れてはいけない。

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