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八月の狂詩曲(ラプソディー) (1991)

監督
黒澤明
  • みたいムービー 29
  • みたログ 756

3.15 / 評価:225件

黒澤ラス前映画。

  • shinnshinn さん
  • 2020年8月8日 5時05分
  • 閲覧数 1432
  • 役立ち度 3
    • 総合評価
    • ★★★★★

1991年劇場公開の黒澤作品。黒澤映画30作のうちの29作目です。


自分は黒澤ファンなので、かなり好意的に鑑賞いたしました(笑)。晩年の黒澤明は自宅のビデオで小津映画をずいぶん熱心に観ていたという証言があるのですが、淡々とした家族のスナップ写真のような映画を撮っても、やはり、ゆったりとした小津調にはならないのが黒澤明っぽい。絵に動きと力があるのだ。この自由な感じがラプソディー(狂詩曲)なのかな?


被爆地<NAGASAKI>の郊外の田舎が舞台で、主人公のおばあちゃんには夫を原子爆弾で亡くしているという過去がある。その事は離れて住んでいる4人の孫たちには遠い昔話なのだが、暴風雨の中、おばあちゃんの恐ろしくも悲しい思い出が一気にスパークするエンディングには、何か訳の分からない感情が湧いてくる。強風で傘が「スポン」とオチョコになるシーンには、どんな意味があったのか・・・?もの悲しいシーンのはずなのに、どこかユーモラスで可笑しい(笑)。


この映画を<反戦>や<反核>と大上段に捉えることも出来るのだが、黒澤さんの本当のネライがどこにあったのか、自分にはまだよく分からない。試写会の後の記者会見で外国人記者から「じゃあ、真珠湾攻撃についてはどう思いますか?」と気色ばんで質問されたことがあったそうだ。どうやら記者には映画が反米的に映ったらしい(黒澤監督は「いやいや、そうゆう事じゃないんだ」と言っている)。ハリウッドスター・リチャード・ギアに劇中で謝罪させている事も気に入らなかったのかもしれない(お話の前後関係で、決して原爆投下の事を謝っている訳ではないのは明白なのだが)。かれらに言わせれば、はじめに殴りかかってきたのは日本であり、もうとっくに詰んでいるのに「参りました」と投了しない日本との消耗戦にはウンザリしていた、つまり、原爆は妥当な行為だったという事なのかもしれない。


映画に出てくる昔の農家の日本家屋が懐かしい。開けっぱなしで開放感のある平屋で、分厚いかやぶき屋根なので中は薄暗いが、真夏は割と涼しかったりするのだ(真冬は寒いです・笑)。


<反核>という意味では、三船敏郎に老け役をやらせた「生きものの記録」(55)の方が明確なメッセージ性を感じますが、黒澤さんの気負い込まない晩年の淡々とした演出、おばあちゃんと孫たちとの会話劇も、それはそれで微笑ましい。

詳細評価

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