レビュー一覧に戻る
ザ・デイ・アフター

ザ・デイ・アフター

THE DAY AFTER

127

him********

4.0

ネタバレ救われなさに救いを感じる。

まず、この映画を冷戦の一番ひどかった時期のアメリカでこれを敢えて作った製作陣に敬意を感じる。 この映画があったか、無かったかでひょっとしたら歴史も違ったかもしれない。 言い過ぎかもしれないが、当時としてはそれぐらいのインパクトはあったと思う。 ただ、唯一の被爆国の日本からの視点で見れば、TV映画という性格を考えても被爆描写は「ユルすぎる」と言わざるを得ない。 同時期に作られた英国BBC製作の『スレッズ』と比較すれば、やはり「被爆」を扱うことの「国民性の限界」のようなものを感じないでもない。 (そこに目をつぶるとしても、被爆後の牧場にあれだけ家畜の死体を見せ付けておきながら、移動手段としての馬が生存している設定はちょっと杜撰すぎると思った) しかし、やはりアメリカの資本で製作してTV上映したこと、軍備拡張競争真っ只中の時期で米ソ対立が相当に深刻だったあの当時に作ったこと、それだけで意義があったと思う。 そしてなにより、ハッピーエンドで終わらなかったことが、個人的に最も評価したいと思うのである。 近年、似たようなタイトルの気候変動に関するパニック映画が作られたりしたが、やはり「世界終末の危機」を扱う物語のラストのベクトルが希望を差すのか、報われない方向を差すのか、どちらを選ぶかで映画の持つ倫理的意味合い(特にハリウッドの場合)が全く違ってくるということが分かる。 80年代のこの映画は「終末の危機」に関して「待ったなし」の状態だったと思うのだ。 だからこそ単純に娯楽の域でカタストロフィのスペクタルを存分に味あわせるといった趣ではなく、「これは明日に起こっても不思議が無い現実の話を説明している」といった倫理的説得性は、ああいう終わらせ方をするしか他になかったんだと思う。 私がこの映画を見たとき子供だったが、カンザスシティに核が落ちる瞬間の描写には戦慄を感じた。 「これが核戦争なんだ」という明確な図式が率直に子供の心にも植えつけられた。 自分の牧場に入ってきた避難民を咎めようとしかけた牧場主があっけなく射殺されるシーンは、小学一年生の子供の私にはなんとも言い様の無い唐突なリアリティを突きつけられるような思いがした。 だからこそ、完全な廃墟になった自宅の焼け跡に訪れた主人公がそこに佇んでいた避難民を追い出そうとして、逆に避難民の男にレモンを差し出され、互いに無言のまま悲しみを分かつように抱擁して終わるラストに大きな意味を感じたように思えたのだ。 現実はどうしようもなく救いが無いのだ。 その救われなさを率直に提示したことに映画的良心の救いがあるのだ。 「こうなってはならない」からこそ、最悪のものを精一杯示さなければならない。 それだけ深刻な時代であったのであり、同じような深刻が続いているにも拘らず、この時代には救われなさを描く救いがあったということだ。

閲覧数1,367