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幸福の黄色いハンカチ
2010年4月10日公開

幸福の黄色いハンカチ

1082010年4月10日公開

アニカ・ナットクラッカー

5.0

なんでヤクザな性分に生まれついたんかな・・

今回取り上げるのは1977年の松竹映画『幸福の黄色いハンカチ』。山田洋次監督の作品レビューを書き込むのは10作目だ。翌78年から始まった第1回日本アカデミー賞では最優秀作品賞・監督賞・脚本賞(山田洋次・朝間義景)・主演男優賞(高倉健)・助演男優賞(武田鉄矢)・助演女優賞(桃井かおり)と主要部門を総なめした。 この年のキネマ旬報ベストテンでは日本映画の1位に輝き、何度も再公開されて現在も映画館で観られる機会の多い作品だ。舞台は北海道の網走から夕張にかけての道東から道央地方で、主な出演者は高倉、武田、桃井のほかにほぼ回想シーンでの登場となる倍賞千恵子がいる。もう一人忘れられないのが島勇作(高倉)の服役時代の恩人・渡辺係長を演じる渥美清である。 映画の一方の主役となるのが、工場を辞めた欽也(武田)が購入するオレンジ色のマツダ・ファミリアである。映画の解説文には「真っ赤なファミリア」とあるが、真っ赤だと消防車と同じ色になるので、オレンジ色が正しいと思う。福岡県の博多にある欽也の部屋には所せましと赤いスポーツカーの写真が貼ってあるから、赤い車を乗り回すのが彼の夢だったのだろう。 3泊4日の出来事が描かれるが、その間にファミリアの車体は埃まみれになる。それほど長くない道中だが長距離を移動し、その間に道端から脱輪したり干し草に突っ込んだり、無免許の勇作が運転して検問に引っかかったり、いろいろな目に遭う。勇作にとっては自分探しの旅であり、欽也と朱実(桃井)にとってはかけがえのない経験を積んだ4日間であったのだろう。 網走刑務所を出所した勇作は店に入り、妻の光枝(倍賞)にハガキを出す。「ハガキ1枚ください。いくらですか?」というセリフだけで、長い間刑務所にいたことが分かる。勇作と欽也・朱美が出会うのはオホーツク海を臨む砂浜だが、実はそれに先立って、同じ食堂で互いの存在を意識しないまま食事している。この時のラーメンは勇作にとってどんな味がしたのだろうか? 季節は鯉のぼりが泳ぐ5月初旬で、美しい山々には雪が残り、北海道ではストーブを手放せない寒さである。原生花園を見学した欽也が「全然見るところがないよ」とボヤくが、この地域で花が一斉に咲き始めるのは6月になってからなのだろう。もう少しで春が到来する寒色の景色の中で、道端のタンポポやクライマックスの黄色いハンカチの色彩がいっそう鮮やかに映る。 駐車場で欽也に因縁をつけるチンピラを演じるのがたこ八郎で、こいつに腹を殴られた勇作が顔をしかめて身体を折り曲げるシーンは、さすがは元ボクサーだと変なところで感心する。すかさず勇作はチンピラの頭を車に打ち突けて反撃し、この戦法は殺人を犯す元となったケンカと同じである。表題に書いた、自分のヤクザな性分を嘆くセリフがここで生きてくる。 勇作はカッとなりやすい性分だが臆病でもあり、光枝と別れたら自分は駄目になることを知っている。両極端の性格は実は表裏一体でもあるだろう。妻との再会を躊躇う勇作の背中を強く押すのが欽也と朱実だ。とりわけ彼の境遇に深く共感し「万が一でも奥さんが勇さんを待っているかも知れない。一目確かめるだけでいいじゃないの」と説得する朱実の姿は感動的だ。 劇中でさまざまな歌が流れるが、各々が登場人物の性格を表しているようで興味深い。ピンクレディーの「渚のシンドバッド」は、北海道に着くや目についた若い女性をナンパしようとする欽也の行動と一致する。イルカの「なごり雪」は、赤の他人の幸福を願う朱実の美しい心が、♪いま春が来て君は綺麗になった。去年よりずっと綺麗になった~という歌詞と一致していた。 朱実が一晩世話になった牧場の子供たちをあやしながら歌う童謡「背くらべ」は、子供を流産しなければ実現したかも知れない、勇作と光枝が手放した幸せな未来を象徴しているのではないか。そしてラスト近くで、移動劇団が夕張市の広場で歌う「銀座カンカン娘」は、炭鉱で戦後日本をエネルギーの面で支えた活気ある時代の夕張市を象徴していると思った。 余談になるが本作が公開された1977年の北海道といえば、8月に起こった有珠山の大噴火が有名である。映画の舞台とは異なるが、支笏洞爺国立公園のホテルやレストラン・土産物店では噴火する有珠山の写真が飾られていることが多く、たいていが77年の噴火の時の写真である。この年の夏は関東地方でも冷夏になり、冷たい雨が降り続いたのを懐かしく思い出す。 最後に、現在は炭鉱がすべて閉山され、財政再生団体に指定されている夕張市の活気ある風景が描かれているのが見逃せない。決して豊かとは言えないが商店街は人々が多く行き交い、街には子供やセーラー服姿の学生の姿も多い。一瞬だが映画館も映り「アラスカ物語」のタイトルが確認できる。消えゆく炭鉱町の最後の輝きを写した貴重な映像記録と言えるだろう。

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