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石橋蓮司の18年ぶり主演作は小説家のヒットマンが主人公!?『一度も撃ってません』公開決定

Movie Walker

2019年12月4日 (水) 05時00分 更新

様々なジャンルを手掛ける阪本順治監督の最新作に実力派キャスト陣が集結!

様々なジャンルを手掛ける阪本順治監督の最新作に実力派キャスト陣が集結!

[c] 2019「一度も撃ってません」フィルムパートナーズ

1989年に『どついたるねん』でデビュー以降、『北のカナリヤたち』(12)や『エルネスト』(17)、『半世界』(18)など様々なジャンルの映画を手掛ける阪本順治監督の最新作『一度も撃ってません』が2020年4月に公開されることが決定した。

ハードボイルド気取りだが、いまやまったく原稿が採用されない時代遅れの作家である市川進は、旧友の石田和行から依頼を請け負う伝説の殺し屋ことサイレントキラーというもう1つの顔があった。しかし実際は、殺しは今西友也が行い、標的の行動をリサーチするのが市川の主な仕事であった。だがある日、石田が中国系のヒットマンから命をねらわれ、市川にも身の危険が迫ることになってしまう。そんな市川の行動に不信感を抱いた妻の弥生は、夫の浮気を疑って市川の身辺を調べはじめる。一方、市川はヒットマンを返り討ちにするため今西を探すが、見つけたときにはすでに酔って仕事ができない状態に。市川行きつけのバー「Y」に向かった弥生は、市川と旧知の仲である玉淀ひかると夫が関係を持っていると疑うが、そこに1度も人を撃ったことがないヒットマンの市川がやってきて…。

主人公の市川進役を演じるのは、『孤狼の血』や『散り椿』(ともに18年)など映画、ドラマとジャンルを問わずマルチに活躍する名バイプレイヤーの石橋蓮司。『黄昏流星群 星のレストラン』(02)以来、18年ぶりの主演作となる石橋は本作に対し「昔僕たちが若い時代に作っていた映画のように、アイデアを出しあってやれた現場でした」とコメント。また、市川の妻である弥生役には『座頭市』(03)の大楠道代、市川の学生時代からの旧友である石田和行役を『轢き逃げ 最高の最悪な日』(19)の岸部一徳、かつてミュージカル主演女優として活躍をしていた玉淀ひかる役として『ゴースト・イン・ザ・シェル』(17)に出演するなどハリウッドにも活躍の場を広げる桃井かおりといった、実力派キャスト陣が集結している。そして、脚本を手掛けたのは阪本監督と『行きずりの街』(10)以来9年ぶり、4度目のタッグを組む丸山昇一。惜しくも2011年に亡くなった原田芳雄の邸宅に阪本監督含む多くの監督や俳優陣が集まった際、阪本監督に向けて「原田さん主演の次は石橋さん主演で映画を作ろうじゃないか」と声をかけ、さらに並行して丸山が「1度も引き金を引いたことのないヒットマン」という物語の構想を阪本監督と練っていたことが制作へとつながったそう。

様々な世界のなかに生きる人間たちの“本質”を鋭く捉え、丁寧に描写することを得意とする阪本監督と実力派キャスト陣が贈るハードボイルドコメディに期待せずにはいられない!

<スタッフ&キャストコメント>

●石橋蓮司(市川進役)

「この作品は、撮影スケジュールをとにかくこなす、ということだけでなく、昔僕たちが若い時代に作っていた映画のように、アイデアを出しあってやれた現場でした。夢を諦めながらも必死にしがみついていく我々世代の大人たちの話です。言ってみれば、“昭和の時代の挽歌”というのでしょうか。ハードボイルドな作品ではあるのですが、あまりシリアス過ぎると共感を呼ばないので、“あくまで、これは喜劇なのだ”という阪本監督の姿勢には賛成でした。真面目にやればやるほど、ある意味喜劇になるかもしれない、はたまたリアリティとして受けとる人もいるでしょう。共感してくれる人がいてくれたら嬉しいですね。ハードボイルド映画ですから、撮影中、もっとかっこよく歩きたいな、なんて思うんですが、年なんですね、まっすぐ歩こうとするけど余計によれちゃったりして(笑)。映画の基礎を作ってきた70年代の厳しく激しい昭和の映画作りの現場や、80~90年代も経験してきましたが、逆に一番のロマンを作ってきた時代だったな、と感じています。この映画は、お利口さんに生きることができず不器用で、でも心情的には熱いものがあって、時代に合わせて生きていくことができない人間たちの物語です。それが昭和の人間の良さであり、”悪さ”とも思う。そんな作品になってくれればと思っています。ぜひ面白がって見ていただけたらと思います」

●阪本順治監督

「これは、たとえ、ひとところにいようとも、流れ者たちのものがたり。排気ガスや煤煙や紫煙を肺いっぱいにすい込んできた世代が、せっせと音楽に、映画に、演劇に、涯は政治にからだを預け、そのなかで栄養を摂り、生きてきた。それがいま、“なんですか、この慈悲心のない、みせかけだけの時代は”と、不愉快きわまりない。が、それをぐっとのみこんで、“まあ、遊ぼじゃないか”と集まったものどうし、戯れ、じぶんたちのすきな世界をいつまでも求めて、ひとびとから距離を置き、いや、距離を置かれ、忘れ去られるのは、それはそれでさみしいなと、嘆いたりもするが、それよりずっと大切なじかんがあると、朝から晩までうろたえることをやめない、この作品は、そんな輩たちの、哀愁ただよう活劇&ど喜劇で…あ、そういえば、どこかの小説家が、どこかにこんな言葉を残していたらしい。“なにか言いたいやつは、みんなどこかおかしい”どうか、日ごろのうっ憤をありったけ持ち込んで、私たちの、架空に遊ぶ無邪気なさまを観ていただければ、きっと心は晴れやかに!」(Movie Walker・文/編集部)

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