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スター・ウォーズ完結編は『最後のジェダイ』を無かったことになどしてない!J・J・エイブラムス反論

シネマトゥデイ

2019年12月23日 (月) 17時52分 更新

全員を満足させるなんてできないよ - J・J・エイブラムス監督 - Yuichi Yamazaki / Getty Images

全員を満足させるなんてできないよ - J・J・エイブラムス監督 - Yuichi Yamazaki / Getty Images

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 シリーズ完結編『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(エピソード9)のJ・J・エイブラムス監督が、同作はライアン・ジョンソン監督の前作『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(エピソード8)を無かったことになどしていないと米・映画芸術科学アカデミーで行われた上映イベントで語った。(以降『スカイウォーカーの夜明け』の内容に触れています)

 続3部作の皮切りとなる『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(エピソード7)でメガホンを取ったエイブラムス監督は、もともとエピソード9の監督を務める予定ではなかったが、コリン・トレヴォロウ監督(『ジュラシック・ワールド』)が「創造上の違い」を理由に緊急降板したため、再び担ぎ上げられていた。

 『最後のジェダイ』におけるジョンソン監督の“攻めの選択”は賛否両論の渦を巻き起こすことになり、『スカイウォーカーの夜明け』ではその選択に対する修正が図られたと見るファンもいる。そのことについて聞かれたエイブラムス監督は「もし(ライアン・ジョンソン監督と自分の間に)対立があったなら、ずっと面白い答えになるんだろうけど。だけど真実は、僕がエピソード7をやって、ライアンのような尊敬できる監督/脚本家に次をやってもらえるなんて感謝しかなかった」と切り出し、本作の脚本執筆時には、共同脚本家のクリス・テリオと共にジョンソン監督とたくさん話し合ったと振り返る。

 「それはまさにコラボレーションといえるものだった。僕が身を引いて、ライアンのしたことを見ていたという視点が、不思議なことにそれまではなかった機会を与えてくれた。なぜなら、彼はそれまでに誰もしたことがなかった選択をしたわけだから。そういう意味で、それは贈り物のように感じられた。もちろん物語の整合性を取るなど全てにおいてチャレンジではあったけど、実際には奇妙なことに、ずっと助けになったといえる。ほかのエネルギーを得ることができたんだ。錬金術みたいな感じだった」

 『スカイウォーカーの夜明け』には、主人公レイがライトセーバーを捨てようとした際、ルークが「ジェダイの武器はもっと尊敬に値する」とたしなめるシーンがある。これは『最後のジェダイ』でルークにライトセーバーを放り投げさせたジョンソン監督に対する批判と捉えた人々も多いが、エイブラムス監督はこう反論する。

 

 「もし『最後のジェダイ』でルークが彼のライトセーバーを肩越しに放り投げた直後に、ルークが『ジェダイの武器はもっと尊敬に値する』と言ったのなら、そりゃおかしいと思うだろう。だけどライアンが『最後のジェダイ』でやったたくさんの素晴らしいことのうちの一つは、ルークに彼が辿ることになる旅路を与えたことだ。彼は何かを学び、どこかへと到達したんだ。映画の終わりで彼は、映画の最初では拒否していたことに再びコミットしたんだ(=その時点でルークは変わっていた)。ルーク・スカイウォーカーほどの人でさえ何かを学ぶことがあるというアイデア、そしてルークが『わたしは間違っていた』と言うのを聞くのは、子供たちにとって素晴らしいことだと思う」

 『スカイウォーカーの夜明け』に関しても批評家およびファンの意見は割れているが、エイブラムス監督は本作を嫌う人も満足してくれる人も「みな正しい」と語る。「7時間前に別の国で『どうやって皆を満足させるつもりなんですか?』と聞かれたんだけど、『何を言ってるんだ!?』と思った。どうしたらそんなことができる? 特に『スター・ウォーズ』で。僕たちは『スター・ウォーズ』をやり始めた時から、デザイン、音楽、ストーリーについて僕たちが下す全ての決定が、誰かを満足させるし、他の誰かを激怒させるとわかっていたんだよ」(編集部・市川遥)

映画『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』は公開中

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