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デニス・ホッパー

生年月日
1936年5月17日
出身地
アメリカ/カンザス州ダッジシティー

略歴

“ハリウッドの反逆児”の異名を取る、アメリカン・ニューシネマの旗手。本名はDennis Lee Hopper。幼い頃からハリウッドに憧れ、カリフォルニアに渡って映画活動と共に舞台やTVに出演。1955年、「理由なき反抗」の出演をきっかけにジェームズ・ディーンと友人となる。一般に存在が知れ渡ったのは監督・脚本・役者を務めた69年の「イージー・ライダー」で、この映画によりアメリカン・ニューシネマの代表となる。しかし71年、「ラストムービー」の配給を巡りユニヴァーサルと衝突、ハリウッドを追放される。以降は酒と麻薬中毒で入退院を繰り返しながら映画に出演。それでも80年半ばから回復を見せるとともに再び活躍し始め、「勝利への旅立ち」「ブルーベルベット」「スピード」などで改めてその存在感を印象づける。しかし、2009年にかねてより患っていた前立腺ガンの悪化で余命わずかと診断され、10年5月に死去。写真家や画家などの一面も持ち、多才なアーティストとしても知られていた。

allcinema ONLINE(外部リンク)

受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
LA批評家協会賞 第12回(1986年)
LA批評家協会賞 第12回(1986年)
カンヌ国際映画祭 第22回(1969年)
カンヌ国際映画祭 第22回(1969年)
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