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ジョージ・C・スコット

生年月日
1927年10月18日
出身地
アメリカ/ヴァージニア州

略歴

本名はGeorge Campbell Scott。幼い頃に母を亡くし父と共にデトロイトに移住。高校卒業後に海兵隊に入隊して4年間を過ごす。除隊後ミズーリ大学でジャーナリズムと英文学、そして演劇を専攻。次第に演技に魅了され、57年までに150もの舞台を経験する。同年NYへ渡りシェイクスピア劇などの出演してシアター・ワールド賞を受賞。TVへも出演して59年の「縛り首の木」で映画デビューを飾る。同年の「或る殺人」ではアカデミー助演賞候補に登り、舞台で培った演技力を発揮し始めた。61年の「ハスラー」でもノミネートされるがこれを拒否。その後も映画と舞台で活躍を続けた。70年に大作「パットン大戦車軍団」に主演。このカリスマ的な演技が高い評価を受けてアカデミー主演賞を受賞したのだが“俳優達を競争させるのは堕落だ”とノミネート投票締め切り直後に受賞拒否を発表。この態度が賛否を呼んで当時大きな話題となった(現在そのオスカー像はパットン将軍記念館に保管されているという)。また翌年にも「ホスピタル」で主演賞候補になった。その後「激怒」で監督業にも進出して比類無き才能を発揮。以降は脇役に徹してB級作品などで貫禄あるところを見せていた。2度の離婚を経験後、コリーン・デューハーストと60年に再婚したが5年後に離婚。しかし67年にヨリを戻したものの72年に再離婚。同年にトリッシュ・ヴァン・ディーヴァーと結婚した。99年に動脈瘤破裂のために死亡。コリーンとの間に生まれたキャンベルはその後俳優になった。

allcinema ONLINE(外部リンク)

受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
アカデミー賞 第43回(1971年)
NY批評家協会賞 第36回(1970年)
ゴールデン・グローブ 第28回(1970年)
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