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ジャック・レモン

生年月日
1925年2月8日
出身地
アメリカ/マサチューセッツ州

略歴

本名はJohn Uhler Lemmon III。八ヶ月の早産で、病院のエレベーターの中で生まれる。父は元舞台俳優で幼い頃から演劇に携わり、大学は名門ハーバードで科学を専攻しながら演劇に熱中。第二次大戦では海軍少尉だった。除隊後NYに渡り、ラジオ・ドラマに出演。やがてTVへも出演するようになり50年前半には500以上のラジオやTVに出演したという。53年にブロードウェイにも進出。そこでコロンビアに認められて契約。翌年映画デビューを飾る。55年には「ミスタア・ロバーツ」でアカデミー助演賞を受賞。59年にビリー・ワイルダーと知り合って以降は「お熱いのがお好き」、「アパートの鍵貸します」などで名コンビぶりを発揮。自身も人生の悲哀を巧みに表現するコメディアンとしてその地位を確立した。その後「恋人よ帰れ!わが胸に」でウォルター・マッソーと共演。彼とも「おかしな二人」等で名コンビとなって大いに笑わせてくれた。73年には「セイヴ・ザ・タイガー」で4度目にしてアカデミー主演賞を遂に受賞。「チャイナ・シンドローム」や「ミッシング」でのシリアスな演技も高い評価を得た。また88年にはアメリカ映画協会から生涯功労賞が贈られている。50年に結婚してクリスが生まれたが56年に離婚。その後62年にフェリシア・ファーと再婚して一女がいた。01年、ガンによる合併症で惜しまれつつこの世を去った。

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受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
ベルリン国際映画祭 第46回(1996年)
  • 金熊賞(生涯功労賞)
ヴェネチア国際映画祭 第49回(1992年)
ゴールデン・グローブ 第48回(1990年)
  • セシル・B・デミル賞
カンヌ国際映画祭 第35回(1982年)
ベルリン国際映画祭 第31回(1981年)
カンヌ国際映画祭 第32回(1979年)
アカデミー賞 第46回(1973年)
ゴールデン・グローブ 第30回(1972年)
ゴールデン・グローブ 第18回(1960年)
ゴールデン・グローブ 第17回(1959年)
アカデミー賞 第28回(1955年)
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