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ロマン・ポランスキー

生年月日
1933年8月18日
出身地
フランス/パリ

略歴

本名はRoman Liebling。36年にポーランドへ家族で移るが、第二次世界大戦中、両親が収容所に入れられ、自らもユダヤ人狩りの対象とされて逃亡生活を送った。大戦後に映画に興味を抱くようになり、ラジオ番組、舞台などの出演を経て54年にウージの国立映画学校へ入学。短編の監督や映画への出演などを続け、62年に長編第一作「水の中のナイフ」を撮る。「反發」、「袋小路」、「吸血鬼」などクセのある異色作を送り出す。68年の「ローズマリーの赤ちゃん」が大ヒットした。バルバラ・ラスと離婚後、68年に結婚した女優のシャロン・テートは、チャールズ・マンソン・ファミリーにより惨殺。77年、アンジェリカ・ヒューストンの自宅で13歳の少女モデルをレイプしたかどで逮捕され、保釈中に「ハリケーン」の撮影ためヨーロッパに渡り、そのまま逃亡犯となった(同作の監督はヤン・トロエルに交代)。89年、エマニュエル・セニエと結婚。その後低迷したかに思えたが02年、「戦場のピアニスト」で自身の体験を活かしたリアルは演出が評価されアカデミー監督賞を受賞。しかし逃亡犯としての罪は今だに適応されるため(実刑で50年とか)式場には姿を見せなかった。

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受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
ヴェネチア国際映画祭 第76回(2019年)
  • 審査員大賞

  • J'ACCUSE
ベルリン国際映画祭 第60回(2010年)
アカデミー賞 第75回(2002年)
カンヌ国際映画祭 第55回(2002年)
ヴェネチア国際映画祭 第50回(1993年)
  • 金獅子賞・特別功労賞
ヴェネチア国際映画祭 第50回(1993年)
  • 経歴賞
LA批評家協会賞 第6回(1980年)
ゴールデン・グローブ 第32回(1974年)
ヴェネチア国際映画祭 第27回(1966年)
ベルリン国際映画祭 第16回(1966年)
ベルリン国際映画祭 第15回(1965年)
ヴェネチア国際映画祭 第23回(1962年)
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