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ルチオ・フルチ

生年月日
1927年6月17日
出身地
イタリア/ローマ

略歴

ジャーナリストをしながら映画実験センターに通い、マルセル・レルビエ監督の「ポンペイ最後の日」の助監督を務めた。その後短編やニュース映画を撮りながら、喜劇のシナリオを書き、59年の“I Ladri”で監督デビュー。次作であるマカロニ・ウエスタンの快作「真昼の用心棒」で残虐描写の冴えを見せ始める。その後スリラーやマカロニ作品をコンスタンスに撮るが、ヒット作のない日々が続いていた。しかし80年、過激描写満載のホラー「サンゲリア」、「地獄の門」、「ビヨンド」を発表。これまでにない血みどろ描写が世界中で話題となる。以後はホラーの巨匠の一人として名声を確立させた。96年、長く糖尿病に悩まされていたがインシュリン注射を打たずに就寝して死亡。一説には自殺との話もある。

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