略歴
ハワイ大学を一年で中退し、パイナップル工場でアルバイトをしていた時、「ハワイ」にエキストラ出演。そのギャラでNYに渡り、劇団を経てブロードウェイの舞台「屋根の上のバイオリン弾き」にコーラスラインとして参加。後に長女役に抜擢され3年間出演する。その後レコード・デビューし2枚のアルバムを発表。大ヒットを飛ばして74年のグラミー賞では新人賞に輝いた。映画は79年の「ローズ」からだったが、エネルギッシュな歌声と共に演技力も発揮してゴールデングローブ賞を受賞し、アカデミー賞にもノミネート。80年には再びグラミー賞を受賞した。美人では決してないが庶民的な魅力が受けて、85年の「ビバリーヒルズ・バム」以降本国では出演作が大ヒット。タッチストーン社は「うるさい女たち」以降、3本の専属契約を交わすほどの人気を得た。その後はプロデュース業にも手を出し、オール・ガール・プロを設立。「フォエバー・フレンズ」、「フォー・ザ・ボーイズ」と上質な作品を手掛けている。84年、雑貨品業を営むパフォーマー、ハリー・キッパーと結婚。一児の母でもある。
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受賞歴
映画賞 | 受賞回(年度) | 受賞部門 / 作品 |
---|---|---|
ゴールデン・グローブ | 第49回(1991年) |
フォー・ザ・ボーイズ |
ゴールデン・グローブ | 第37回(1979年) |
ローズ |
ゴールデン・グローブ | 第37回(1979年) |
ローズ |