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ジャン=ポール・ベルモンド

生年月日
1933年4月9日
出身地
フランス

略歴

父はフランス美術アカデミーの会長もつとめた彫刻家で、母は画家という芸術家の家庭に生まれる。病弱だったがスポーツが得意で特にボクシングに熱中。やがて俳優に憧れを抱きコンセルヴァトワールに入学。56年に卒業するとアニー・ジラルド達と地方の舞台に立ち、パリで次第に注目を受けるように。57年の「歩いて馬で自動車で」で本格的に映画デビュー。その後「二重の鍵」と「勝手にしやがれ」で、そのふてぶてしい独特の個性とヌーヴェルヴァーグ旋風に乗ってフランス映画界を代表する国際的スターとなった。60年代からはアクション映画でも活躍し、持ち前の身の軽さからスタントも自らが演じながらもどこかコミカルなテイストを感じさせるユニークな演技で活躍した。以降は「気狂いピエロ」などの問題作や「ボルサリーノ」ではドロンと共演。B級アクションでも新境地を開いて映画ファンに親しまれた。89年にクロード・ルルーシュの「ライオンと呼ばれた男」でセザール賞の主演男優賞を受賞。11年にはカンヌ国際映画祭の名誉賞であるパルム・ドール・ドヌール、16年にはヴェネツィア国際映画祭の生涯功労賞にも輝いた。55年に結婚して三人の父となる(そのひとりが元F-1ドライバーのポール・ベルモンド)が65に離婚。その後はいろいろとロマンスの噂が話題になったが元ダンサーと89年から交際を始め、02年の暮れに結婚。翌年にはなんと70歳にしてパパとなった。旧友のアラン・ドロンとは何かと比較されがちだが本国フランスではベルモンドの方が人気が高く、街角で気軽に声をかけても気取らずに接してくれる気さくな紳士だという。63年から3年間フランス俳優組合の委員長を務め、91年にはパリ最古の劇場のオーナーとなった。01年に脳梗塞を発症した以降はいくつかのテレビ番組などに出演するが08年の映画出演を最後に第一線を退いた。そして21年9月にパリの自宅で亡くなった事が発表された。享年88歳。追悼式はフランス政府主催で執り行われ、マクロン大統領が弔辞を読み、各界の著名人など数千人が参列。会場の外には入場出来なかった人のために中継用の巨大スクリーンが設置されるなど、多くのフランス人がその死を悼んだ。

allcinema ONLINE(外部リンク)

受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
ヴェネチア国際映画祭 第73回(2016年)
  • 生涯功労賞
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