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エリザベス・テイラー

生年月日
1932年2月27日
出身地
イギリス/ロンドン

略歴

本名はElizabeth Rosemond Taylor。美術商をしていた父の関係で39年に渡米し、ビバリーヒルズに住む。女優志望だった母に夢を託され、ご近所のツテを頼って42年にユニヴァーサル作品“There's One Born Every Minute”の端役で映画デビュー。翌年MGMと契約し、スタジオ内の学校に通いながら「家路」に出演。以降「緑園の天使」、「若草物語」、「陽のあたる場所」、「ジャイアンツ」等々、幼い頃から醸し出していた大人の雰囲気で映画ファンを魅了し、“リズ”の愛称で親しまれた。50年代後半からは名実共に円熟味を増し、「愛情の花咲く樹」、「熱いトタン屋根の猫」、「去年の夏突然に」と3年連続でアカデミー賞にノミネートされ、60年には「バタフィールド8」で主演賞を受賞。63年には「クレオパトラ」に出演。撮影中に大病を患ったりしたが、66年には「バージニア・ウルフなんかこわくない」で2度目のアカデミー賞を受賞。70年以降はさすがに年と共に人気にも陰りが見え始めるが、80年代からはブロードウェイへ進出。そこでも成功を収めて舞台女優として活躍し、TVにも積極的に出演。87年にレジョン・ドヌール勲章を受けるほか、香水“パッション”、“ホワイト・ダイヤモンズ”を売り出すなどした。84年からはエイズ撲滅運動に目を向け、翌年研究財団AmFARを設立。91年にはエリザベス・テイラー・エイズ財団も設立し、その功績を称えて93年にアカデミーのジーン・ハーシ賞を受賞した。さて、エリザベス・テイラーといえば結婚遍歴が付き物。15歳の頃から共演者や大富豪の息子たちとの噂は絶えることなかったが、最初の結婚は18歳の時の50年、ホテル王の息子、コンラッド・ヒルトン・ジュニアと。しかし1年と経たずに離婚。52年に撮影先で知り合ったマイケル・ワイルディングと結ばれ二人の息子が生れるが、プロデユーサーのマイケル・トッドと恋に落ちて57年に離婚。その3日後にトッドと結婚するが彼が飛行機事故で58年に死亡。落ちこんでいた彼女を(当時デビー・レイノルズと結婚していた)歌手のエディ・フィッシャーが励まし、不倫関係に発展。59年に世の非難の中結婚した。その後「クレオパトラ」で共演したリチャード・バートンといい仲になり、こちらも大スキャンダルとなったが(当時のバートンはもちろん妻子持ち)64年、リズ離婚後の9日目に再婚。リチャード・バートンとは以降多数の作品に共演するが、74年、彼のアルコール中毒がもとで離婚。翌年よりを戻して再婚するがわずか10ヶ月ではたまた破局。76年に上院議員、ジョン・ワーナー、91年にはラリー・フォーテンスキーと再婚したがいずれも離婚し、結婚回数はバートンとの二度の結婚を含めて8回となった。11年、うっ血性心不全のため死去。79年の人生だった。

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受賞歴

映画賞受賞回(年度)受賞部門 / 作品
アカデミー賞 第65回(1992年)
  • ジーン・ハーショルト友愛賞
ゴールデン・グローブ 第42回(1984年)
  • セシル・B・デミル賞
ゴールデン・グローブ 第31回(1973年)
  • 世界でもっとも好かれた女優
ベルリン国際映画祭 第22回(1972年)
  • 女優賞

  • HAMMERSMITH IS OUT
アカデミー賞 第39回(1966年)
NY批評家協会賞 第32回(1966年)
アカデミー賞 第33回(1960年)
ゴールデン・グローブ 第17回(1959年)
ゴールデン・グローブ 第14回(1956年)
  • 特別賞
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